マッチポンプなロミオとジュリエット

 見える人は、見える(と主張する)人を疑ぐってかかる。
 こちらからすれば、まとめて「自称霊感さん」なわけだが……だって幽霊なんか見えないし。
「自分と同じものが見えてたら信用する」
 異主指輪で書いた店長と、久方ぶりに顔を合わせたときだ。
 人によって「見えるもの」や「見え方」は違うらしいなんて話も聞きますよ、そう伝えて店長は頑として譲らなかった。
「分かるけど、ホントに見えてるもん同士はどっか合致するよ」
 タメ息混じりに店長は、ある話を始めた。
 仕事中にスーっと降りて来た生首を見たらしい。
 思わず騒いでしまったものだから、周りにいたバイトにどうしたのか聞かれて、幽霊を見たとこぼしてしまったらしかった。
「身体半分ない男ですよね?」
 一人のバイトに言われて店長は、「違う」とすぐに否定したらしい。
「もしかして、女……生首見ました……?」
 日と場所を変えて、その場に居合わせたもう一人――イトウさんからこっそり聞かれたとき、店長は血の気が引いた。
 ああ、見間違いじゃなかった。もう見ることはないと思っていたのに……。
 そう思って同時に、イトウさんのことは信用したという。
「身体半分ないの見たやつも本物かもしれないけど、そりゃ嘘だって思うって。霊感あるってやつが三人いて、二人は同じの見てんだよ?」
 まあ、確かにそうだ。
イトウとはそっから……まあ全部が全部ってわけじゃないけど、合うことが多かったんだよ」
 そんな折、イトウさんはちょっとした除霊なら出来ると言い出したらしかった。
 半信半疑ではあった。ただ、店長はイトウさんを信用していて、もしそんなことが出来るならという思いがあった。
「なに憑いてるとかは分かりませんけど。もし憑いてたら取れると思います」
 全幅ではなかったが、置いた信頼に嘘はない。店長はイトウさんに背中を預けた。
「痛っ!」
 背中に手をかざしてすぐ。イトウさんは声を上げ、ふいな静電気にやられたように手をさすった。
「なに憑けてるんですか、それ……? 危ないですよ」
 真っ黒な、異様に腕が細くて掌の大きな手が、ヌッ、と出て来てイトウさんの手を払ったという。
「俺、それからアイツ(イトウさん)のことは信用してねえんだよ」
 店長は生ビールのおかわりを頼んだ。
 ――どうしてです?
「俺の弟、首くくってんの知ってるだろ? 俺になんか憑いてるとしたら絶対弟なんだよ」
 なにをもってして絶対なのかは知らない。
 充血した眼でこちらを見据える店長は、怪しくて自らを訝しがることを許さないような、覚せい剤中毒者と対峙しているような狂気を含んでいた。
「それをさ、弟をよくないもん扱いするんだよ? 信用出来るわけねえだろ」
 ――ああ、まあ……。
「アイツ(イトウさん)が霊感あるのは信じてもいい。でも除霊の仕方が間違ってるか、いいものまでよくないもん扱いして取ろうとしてんだよ」
 ――……。
「弟が怒るようなことするやつ、絶対間違ってるよ」
 気持ちは分からないでもないが、弟さんではないなにか悪いものが憑いていて、それが剥がされるのを嫌がったという発想はないようだ。
「弟さ、一回も俺の夢枕に立ったことないんだよ。なんでかなあ……なんでだ、って墓参り行く度に聞いてんだけどな」
 言って、店長はテーブルに突っ伏した。と、思えば、追加の生ビールが遅いことに文句をつけていた。
 ――お兄さんには心配かけたくない、とかじゃないんですか?
「あー、でもなぁ……一回ぐらい出て来てくれてもいいんじゃねえかな、って」
 店長は、弟さんが死後自分を守ってくれている存在であることを信じて疑わない。それは願望ではなくて、既成事実の域だ。あくまで本人の中で、だが。
「でも多分、まだ成仏してないと思うんだよ」
 ――お兄さんをしばらく守ったら、それで天国に行けるんじゃないですか?
 そうかなあ、店長はふとニヤけたあとで、少し不満気だった。
 冷めたつくねを頬張って、自殺者は永劫成仏することが出来ないという逸話を飲み込む。
「成仏してくれりゃあな。贅沢言えばその前か、後でもいいよ。俺のとこ出てくれたらな……」
 ふっ、と思った。
 自殺者でも成仏が効くとしてだ。
 それが叶わないのは、現世の、生きている人間の強い思いに縛られているのだとしたら――。
 イトウさんの手を払い除けたのは、店長に憑いている悪霊でも、弟さんでもなく――。
「俺なんか守ってるヒマあったら、とっとと成仏すりゃいいのにな」
 言葉とは裏腹な兄の笑顔がそこにあった。

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ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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