現代式退魔法 a.k.a 封淫

 インテリアのように並ぶオナホールに絶句した。
 まるで愛車に乗せたぬいぐるみのように、TE◯GAに始まり多種多様なシリコン製ジョークグッズが肩を寄せ合っている。
 ハテ? 仕事が終わったのか、今から仕事なのかよく分からなくなった。

   *

 一仕事終えた早朝、外は真っ白だった。人が原付で出勤したときに限ってこれだ。
 電車で帰ることも出来る。ただ、始発まで一時間以上あるうえに駅がまだ開いていない。
「家、来ます?」
 一人でボヤいていると、相勤だったオンちゃんがふいに言った。降り積もる雪よりも、よっぽどサラリとしていた。
 オンちゃんは僕にエロショップでの仕事のほとんどを教えてくれた人で、かなり変わっている。
 耳に口に舌に……そこいら中バスバス開けたピアス、アメリカのキャンディみたいな色したカラフルな髪、どこで売っているのか見当もつかない服――。
「初めまして」の挨拶にVAPE(電子タバコ)をふかしながら、ただニッコリ微笑んだだけの人。
 こんな時間に行って家の人に迷惑だから、気持ちだけもらった僕にオンちゃんは、
「一人暮らしですよ」
 そう笑って、来ようが来まいがどちらでもいい風に歩き出した。
 流れでオンちゃんのあとを追い、家にお邪魔させてもらうことになった。
 150cmないという背中は、今時の女の子よりもよっぽど華奢で小さい。なにかにつけて脚立を引きずりながら作業している彼を少し気の毒に思っていた。
さん、前に僕に”幽霊見える?”って聞いたじゃないですか? アレどうしてですか?」
 ――いや、なんか見えそうだな、って。
 こんな人目を引く出で立ちなら、なにか見えてておかしくないと思っただけだ。オンちゃんは、ポーッと上の空のあとで意味もなく微笑むだけのことも多い。
 まあ、おかしな薬をヤってるだけかもしれないが……。
「うちのばあちゃん。黒い影はよく見るらしいですよ」
 オンちゃんは見た目に反して真面目で仕事も出来る。丁寧で割と愛想はいいが、どこか空笑いでドライな子だ。
 生まれも育ちも東京だから派手なのがベーシックなのかと思ったが、”こんな奴ばかりじゃないですよ”と苦笑いされた。
 バッグにつけた缶バッヂや垂れ下がるマスコットがやけに子供っぽくてオンちゃんという人がよく分からなくなる。
 ……なんで妖怪ウォッチやねん。

   *

 オンちゃんの家ーーワンルームで驚きを隠せなかった。
 エロショップに勤めておいて、今さらオナホぐらいで引かない。
 オンちゃんもそこで働いているわけだし、彼も男だから不思議はない。
 しかし、ただならぬ量だった。ジョークグッズの建前でいて洒落じゃない量だ。
 ――オンちゃん、そんな好きだっけ?
 試供品を持ち帰ったにせよ多過ぎる。並べられているほかにも、カゴへ乱雑に山積みされたものがあった。
 オンちゃんは、いつものことで笑顔を作っただけだった。
 並べられているものはいわゆるオナカップばかりで、フタが開いているものもある。
 カゴにある方は全てシュリンク(外装フィルム)が剥がされている状態だった。使用済みかよ。捨てろよこの野郎……。
「アニメぐらいしかないですけど、始発まで好きにしててくださいよ。べつに寝てってもらってもいいですけど」
 なにも男同士で心配もないが……やや不安になって来た。
 なんだかやたら綺麗な顔してるなあ、とは思っていたが、残念ながら僕にそっちの趣味はない。
 道中に買っておいた缶コーヒーを二本取り出して……ッ!
 オンちゃんが服を脱ぎ出していた。
 あれか……もしかしてヤられる側なのか。あの大量のオナホは誰かに強制的に使うためのものなのか、というーー
「ああ、コレ。傷つけて模様にしてるんですよ」
 言って、オンちゃんは肩をさすった。
 肩の一部がケロイド状に盛り上がっている。一瞬、自傷跡かと思ったが違う。タトゥーとも違う。タトゥーを消した跡でもなかった。
 やっぱり、と思ったのは違って、そう違わなかった。
 スカリフィケーションだ。生は初めて見る。オンちゃんは、自前で身体改造とかしちゃうかなりアレな子だった。
 フックつけて釣らされたい系の人……そのうち舌を二つに割っちゃったりする人……。
さんは墨とか入ってないんですか?」
 入ってるわけないだろう。痛いの嫌い……。
 僕が特別なにもしていないことを知ると、オンちゃんは少しつまらなそうだった。
 どうしてこうブッ飛んだのばかりが、こぞって”なにかある”と思って僕に近づいて来るのか。
 僕がイヂメたり、イヂメられたり、両方だったりをご所望されたらどうしようとあながち杞憂でもないことに頭を悩ませ、生贄に差し出せる知り合いを思い巡らせていて、
さんたまにわけ分かんないとこ見てるじゃないですか……? アレなに見てるんですか?」
 部屋着に着替えたオンちゃんに聞かれた。
 ナチュラルにトリップして精神世界にダイブしているだけだ。終わったらなに食おうかとかしか考えてない。
 ――べつになにも。
「……うちのばあちゃん黒い影見るって言ったじゃないですか? 母親も見るんですよ」
 ――そうなの?
「それでおかしくなっちゃって、ばあちゃんと一緒に暮らしてるんですけど」
 父親のことを聞くと、ファッションデザイナーで今は海外にいるらしかった。どうりで奇抜な服ばかり着ているわけだ。
「ばあちゃんは、黒い影をずっと見てたら気が狂うって言ってましたね。さんなにか知ってるかなって」
 知らない。知ってるわけがない。
「なんて言うんですかね……目、奪われるって言うんですか? 夢中になるんですよ。黒い影」
 そうだろうとは思ったが、どうやらオンちゃんもその「黒い影」が見えているらしかった。
 ぼんやりと一点を見つめていることのある僕に、もしかしてを期待したらしい。
 ……牛丼にしようか、豚丼にしようか迷っているぐらいのものだが。
 ――黒い影って、具体的にどんななの? 幽霊ってこと?
 オンちゃんは少し黙って、
「飛び回ってるんですよ。凄い早さで。見えたり、消えたり」
 一つ思い当たる節があった。またべつの機会で書ければいいが、原発で近いものをよく感じてはいた。
 ただ、言ってややこしいことになっても困る。
 ――スカイフィッシュ……は解明されたっけ。飛蚊症のひどいのじゃない? 眼科行けば?
「脳ミソの病気ですかね?」
 まあ、僕も人のことは言えないが、ミソはかなり腐っている方だと思う。脳の代わりにうどんでも入ってそう。
 ――ペットにでもしてそうだね
 思うず口を突いた。オンちゃんなら、使い魔の一つや二つ使えて不思議でない。管狐が脳裏を過る。
「とりあえず捕まえてるんですけどね」
 ――――。
 ハタ、と気づいて、オンちゃんが見ている方へ目をくれる。
 カゴに山積みされた使用済みのオナホ。
 ……正気かコイツ。
 ファ○リーズで幽霊退治は聞いたことはあるが、オナホールで幽霊捕獲なんて聞いたことがない。
 ファ○リーズはまあここら辺りを参考にしてもらうとしてだ。蝉じゃあるまいし、一体どうやって捕まえるというのか。
「テキトーですよ。振り回してたら、多分入ってます。パッタリ見なくなるんで捕まえられてんのかなあーって」
 ……雑っ! 生け捕りかよ。
「早いし、見えたり消えたりするんで。非貫通のやつフタ開けて置いといたら勝手に入ってるやつもいる気がするんですけど」
 ゴキブリホイホイか。それで並べてる中に口開けてるやつがあったのか。ローションinタイプで一度入ったらヌルヌル地獄で抜け出せない、ってか。
 ――え、じゃあアレって……。
 僕は、カゴに山積みになってるオナホを指差した。
「ああ、多分入ってます」
 それ、なんて放置プレイ?
「ヤなんですよ。母親みたいにおかしくなるの……」
 おかしい。すでに大分おかしい。見続けたら気が狂う黒い影はどうとして、なぜそれをオナホで捕まえようとするのか……。
「たまたまですよ。うっとおしくてレビュー頼まれてたサンプル振り回してたら、気づいたら見えなくなってて」
 お、おもしろい。
 小さな身体で、イヤイヤして必死にオナホ振り回してたら退治していたというのか。
「ばあちゃんにも教えて上げたいんですけどね」
 止めとけ。違う意味で気が狂う。
 ――それ、捕まえてどうすんの?
「? どうもしませんよ。捨てます」
 オンちゃんは、珍しくしっかりとこちらの目を見ていた。
 万華鏡に悪霊を封印するなにかの漫画のエピソードが頭をかすめた。
 ――このオナホがいい! みたいなのあるの……?
「やっぱ非貫通のカップですね。TE◯GA使えない。コスパ悪いし、ブランドだけですよ」
 あくまで使用用途外の話であって、商品本来の質を貶しているわけでは……ジョークグッズだからいいのか。合ってんのか。
 ――使い回ししないの?
「一回入ったやつだと無理っぽいんですよ」
 1体/1ホールかよ。コスパ悪ぃ……。今時、本来の使用目的でも複数回使えるのがデフォなのに。
 一つでイッパイ捕まえられたら、蠱毒みたく中で共喰いして凶悪なやつが出来上がるのかも、とか考えた僕もやっぱり頭が腐っている。
「どうしてオナホで捕まえられるんですかね?」
 知らん。
 ――エロのにおいがするところとか、賑やかな場所には寄って来るもんだ、って店長も言ってたしそういうことじゃない……?
「ああー……死んでも煩悩まみれですね」
 まあ、男の悲しい性だ。その黒い影が男か女か知らないが。
「女だったらヤだな……」
 オンちゃんがつぶやいた。
「昔、小っさい、小っさいってバカにされてから女の子怖いんですよ」
 捕まるのはゴメンなので、始発を待って僕はオンちゃんの家から引き上げた。

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ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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