原発怪談 其ノ四

 原発の夜は静まり返っている。
 ほとんどの出入り業者は夕方には引き上げていくから人気がない。
 夜霧がかった原子炉はどこか不気味で、無味な、彼自身にはなんら意思のない、見るものが勝手に様々を抱く当たり前を覚える。
 テ○ドンを撃ち込まれても余裕な頑強さは、**から**れると*****もな……
 そんな愛しい原子炉ちゃんをぼんやり眺めていて、悪い人が近寄って来た。ハラダさんだ。
「ボン、ヒマなんか」
 ハラダさんは元は大工の棟梁だった人で、普段はニコニコ……と、いうかニヤニヤしては物腰柔らかく人に嫌味ばかり言うちょっと狂った人だ。
――夜勤の休憩中ってヒマで。
「ええとこ連れてったろ」

   *

 ハラダさんが運転する社用車の助手席で、あまり期待はしていなかった。
 以前、高値で取り引きされる毒蛇が原発構内に生息していることを知って、捕獲作戦につき合わされたことがある。
 そのときは見つからずに結局、ハラダさんが頭を踏み潰して仕留めたマムシと三流酒でハラダオリジナルなマムシ酒作りを手伝わさせられた。ロクなことがない。
――もう蛇なんか捕まえませんよ
「分かっとるがな……あっ!」
 目の前に飛び出してきたのは猿だった。車は緩やかに停止した。
 ハラダさんがハイビームに切り替えると、歯茎を剥き出しに威嚇している。
(あぁ、ボンネットに乗られる……)
 原発怪談 其ノ二で触れたが、僕の会社は当時お猿さんたちから報復を受けている真っ最中だった。
 それも口が大きく裂けた武闘派の若いの(通称:893)が、ボスに君臨しているころだったので毎日のように絶賛ゲリラれていた。
――猿が猛然と向かってくる。
 ハラダさんのクラクション攻撃もパッシング攻撃も無視だ。
 途端、急発進したハラダさんはハンドルを左に切って、勢いよく運転席のドアを開いた。
 鈍い音が響いて、また静寂がおとずれた。
「やったった」
 ハラダさんの嬉しそうな横顔と、四肢を痙攣させて伸びている猿の姿があった。

   *

「蛇がいやなら猿の脳ミソ食うか?」
 ハラダさんは運転席でご機嫌だった。
 死んでもヤダ。ゼッタイ病気になる。猿夢見そう。ってかホントにやりかねない、この人――
 助手席から黙って軽蔑の視線を投げていると、車が止まった。
「着いた、着いた」
――ここ、一番出るって噂があるとこじゃないですか
「せや。ワシは生きとるもんしか信じひんのやけど」ハラダさんは腕時計を見て、「そろそろや」
 言ってシートを倒すと頭の後ろで手を組んだ。
「これ剥いてくれ」
 どうせロクでもない悪戯でもされるんじゃなかろうか……一抹の不安に駆られながら、ハラダさんが渡してきた新しいタバコのシュリンクを剥がしていた。

 ガチャ……ッ。
 助手席側だった。ドアのロックが外れた。
 ハラダさんはもちろん、僕も触っていない。
 ハラダさんは、手を頭の後ろにやったままニタニタしている。
 ガチャ。
 今度は運転席側のロックが外れた。ボタンが上がるところをモロに見た。
「今日は早いな」
 ハラダさんは、おっ? という感じに横目をやっただけで、さして驚いている様子はなかった。
――またあ……
 どうせ、なにかトリックがあるのだろうと思った。こういう類の人は、なにかしらしょうもないことが上手い。
 ハラダさんは不敵な笑みを浮かべながら、
「ワシ、なんもしとらんで」
 ――妙に息苦しい。
 長時間炙った指輪を若いのにハメさせて、外すに外せない状況を笑ったり、あとに出来た水ぶくれを無理やり潰して遊ぶようなキ○ガイと一緒にいることがではない。
 なにかが身体を通り抜けて行くような違和感がある。
 ハラダさんは黙って運転席側のドアをロックした。僕もそれに倣う。助手席側を閉めた。

 ガッチャ……!
 少しの間で助手席側のロックは上がった。次いで運転席側もすぐに上がる。心なしさっきより乱暴だった。
 反射的に助手席側のロックを降ろした。今度はハラダさんがそれに倣って運転席側を――

 ガチャガチャガチャ! ガチャガ、ガチャガチャガチャガチャガチャ……ッ!

 助手席側の、ロックが、凄い勢いで上がったり、下がったりを繰り返している……ッ!
「フヘヘへへへ!」
 甲高い笑い声が隣で聞こえて、ずん、と身体が重くなった。
 なにか漬物石を背負わされたというよりは、重力に押し潰されそうな――
「怒っとる、怒っとる」
 ハラダさんは身を乗り出すと、助手席側のロックを両手で抑えつけた。
 途端、車内は静かになって、ハラダさんがそーっと手を離した。
 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!
 油汗が噴き出す。
 ロックの上下運動が再び繰り返され始めた。
――もう、行きましょう!
 久々にバカでかい声を上げた。恐怖が臨界に達していた。

   *

――アレ、なんなんです?
 思いのほか素直にその場を離れてくれたハラダさんに聞いた。
「さあー、おもろいからたまに遊ぶんやけど」
 まだ疑っていないわけではなかった。
 なにかしらのトリックがあって、僕がかつがれていただけだ、と。
――やっぱり出るんですか? あそこ?
「ワシも聞いただけやさけなあ……なんや、あの時間なるとずーっと行ききしよるらしいで」
――なにがです?
「なにが、て……なんやろな?」
 ハラダさんは上機嫌だった。原発で最強なのは熊として、最凶は烏、最恐は蛇、最狂はここで働いている人だと思った。
「そない、ええ反応する思えへんかった」
 ケタケタとハラダさんは笑い上げる。
「あそこ地下いけるとこあるやろ? 昔、その地下掘っとる時分にようさん死んどるらしい。で、あそこに車をな、あの時間に置いとったら通り道かしらんあないなことなんのや」
 引いた汗が妙に冷たかった。
――呪われますよ
「発電所もいうてかわいいもんや。ダムに比べたらな」
 ハラダさんは満足気に微笑んだ。

   *

 しばらくして、山中で足を踏み外したハラダさんは両足を骨折した。
 これは多分……崖まで追い込んだアライグマの、しがみつく両手を一本ずつ踏み抜いて突き落とした報いだろう。
 集団強姦が得意な高偏差値大学生の選民意識も、低学歴の弱肉強食思想も、なんにしても”遊び半分”が一番タチが悪い。

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