原発怪談 番外編

 ヤマダさんは僕を原発の世界へ引っ張り込んだ張本人だった。
 元自衛官で、それからは一般社会に馴染めず職を転々としているうちに鬱になった王道パターン。
 いわゆるボーダー気質で境界性は元より、自己愛性・演技性・反社会性……全ての特徴が余すことなく、ピッタンコ。

「アイツなんとかしてくれよ」
「次にアイツがなにか問題起こしたら、お前も一緒に飛ばすからな!」
「アイツ殺してええか?」
「代わりにお前(を)殴っていい?」

 原発で働き出してから数ヶ月――
 ヤマダさんの苦情は続々と僕の元へ届いた。
 正直、僕もここまでひどいとは思っていなかった。ただ紹介を受けて会社に入った立場で、元々別のところで部下だった僕に言われてやりようがない。

   *

 ――事件が起きるのは、時間の問題だった。
 些細なトラブルからヤマダさんは立て続けに暴力沙汰を起こし、それも因縁をふっかける理由に僕の名前を使ったから、さあ大変。
 ストッパーを期待されていた僕は、逆に「着火マン」の汚名を着せられ、ついには周りから距離を置かれ始めてしまった。
(まあ、仕方ないか……どうせ、腰かけの出稼ぎだし)
 思いながら日々ぼんやり過ごしていると、休憩中に先輩のキモトさんから声をかけられた。
「あのさヤマダさんのことでちょっと……」
 また、なにかしでかしたのかと思った。ただ生憎、僕に言われてなにも力になれない。
 キモトさんは僕の横に腰を下ろし、なにか言いにくそうにしていた。
――僕に言われても、なにもできませんよ

 気づけば「ヤマダの操り人形だ」とおかしな噂が流れていたので、そのことだと思った。
「お前さ、なんか変なもん見てない?」
 一瞬、なんのことか分からなかった。
――ここで、まともなのなんか見た試しありません
 見えているのは変なものだらけだ。
 と、いうかヤマダさん絡みで話があるとしておいて、一体全体なんなのか。
 突然、キモトさんはうなりを上げて頭をかきむしり、
「俺、見えるんだよ!」
 あまりにも大きな声に驚いた。
 泣きそうな顔をこちらへ向けている。
 一体何事か。危ない人ばかりの集まりなのは重々承知だったが、僕は心療内科医でもなければスピリチュアルカウンセラーでもない。
――霊的なやつですか? ヤマダさんもそんなこと言ってましたよ
 あの人と同類だと思われると僕みたいに嫌われちゃいますよ、言ってはぐらかしていると、
「あのままだと、あの人死ぬって!」
 本当に、どうしようもないぐらい大きい声だった。
 べつになにも隠してなんかいない。ヤマダさんが死んでも僕は構わない。
 ただ、あまりにもキモトさんが真剣で困惑した。
 普段からフザけてばかりで、人一倍コミュニケーション能力の高い人。
 自らは決して心を開かないクセに、どんな相手の懐にも潜り込んで、腹の底が見えない人間は絶対に信用を置かない人物。
 キモトさんはちょっと壊れているだけで、男相手にはそう悪い人ではなかった。
――僕は見える人ではないですよ。キモトさんそっちの人なんですか?
「まあ、いいよ。お前がそう言うならそれで」キモトさんはタメ息を一つ、「俺、ガキんとき海で死にかけて、そっから海が怖いんだよ」
 貧乏ゆすりを始めたキモトさんは、乱暴にタバコへ火を点けた。
「漁師の孫が海怖えぇ……って笑えるだろ? じいさん網元だぜ? 先祖、韓国からきた海賊でさ」
 先祖の出自は、民族学を研究している大学教授だかが珍しいからと勝手に調べてくれた結果らしかった。
「海さ、変なもんイッパイ見えんだよ。海だけじゃなくて、海で死にかけてから変なもんばっか見えんだよ」
 海坊主――五分刈りの頭を青く染めていたころにそう呼ばれていたことを思い出した。
 おもむろに立ち上がったキモトさんは、自販機で缶コーヒーを一つ買うと投げてよこす。
「祟りらしい、先祖の。俺が海で死にかけたのは。でも俺の守護霊かなんか強いらしくて、海に近づかないようにしてくれてるらしいんだ。あと、嫁が自覚ねえけど強烈らしくて……アイツと結婚してなかったら30までに死んでた、って」
 キモトさんの唇は黒ずんだ紫色をしていて血色が悪かった。僕は買ってもらった缶コーヒーを手の平で転がしながら、
――なんの話かよく分かりませんけど。ヤマダさんになにか見えるんですか?
 キモトさんはちょっと驚いた顔をして、
「トボけんなよ。お前、よくあんな人と一緒にいれるな」
――なにが見えてるんです?
 言って缶コーヒーを開けた。大嫌いなブラックだった。
「見ようとしたら目の前で神経ブチ切れたみたいになんか弾けて、立ってられなくなったんだよ」
 缶コーヒーを啜る。苦い……砂糖とミルクがたっぷり入ったお子ちゃま仕様のがいい。
「あんなん初めてだよ! なんか真っ黒で……ッ! なんなんだよアレ!?」
 キモトさんが少し身を乗り出し、僕は横目に一瞥をくれた。
――ただのキ○ガイですよ。暴力フェチの軍隊上がり……俺様大明神の犯罪者予備群。
「それ、ヤマダさんじゃねえよ!」
 僕は押し黙った。長い夜勤に一人の時間が多い日々が続いていて、対話の仕方を忘れかかっているころではあった。
「俺、見たんだよ。あの人、こんなデッけえ石、絶対人が一人で運べないような石……運んでたんだよ。で、わけ分かんないとこ置いて、また運んできて――」
――秘密基地でも作りたかったんじゃないですか? 自衛隊で建物占領とか立てこもり制圧の練習ばっかしてたらしいですし
「意味ないんだよ! 持ってきて戻して、持っていって戻して! アレ、ヤマダさんじゃねえよ! なにかがやらしてんだよ! 自分の身体、壊そうとしてる……ッ」
――壊れて……べつに誰も悲しまないんじゃないですかね? もう壊れてるし、あのオッサン。

 キモトさんが生唾に喉を鳴らした。
「憑いてるとかゆうレベルじゃねえって。もうほとんど乗っ取られてるよ。ヤマダさん、もうほぼほぼ残ってねえよアレ……」
――ヤマダさんじゃなきゃなんなんです?
「真っ黒のなんかだよ! 真っ黒の……なんだよアレ」
――元からあんなですよ。あの人は
 ヤマダさんは僕が出会ったときにはすでにヤマダさんでないなにかで、数々の奇行や狂言は操作されていたとでもいうのか。
 よそ者をからかってあとで笑い者にするだけだろう。ヤマダさんが起こした数々の非行で僕も煽りを受けている。暴力を振るわない僕が標的になっただけだろう――
 当時は、そんな卑屈な考えしか浮かばなかった。
――すいません。僕、ブラック飲めないんですよ
 言って、買ってもらった缶コーヒーをキモトさんへ差し出した。彼はそれをチラリ見て、
「黒は……ヤだよ」
 それから僕に上目をくれた。
 勝手にとはいえ、買ってもらったものを目の前で捨てるのもなんだ。仕方なく僕は缶コーヒーを握ったままで席を立った。
「なあ、アレなんなんだよ?」
――だから、
 なんだか、その一瞬でひどく疲れてしまったのを覚えている。
「あの人死ぬぞ? 死ぬんだぞ……?」
――あんなの殺しても死にませんよ

   *

 ヤマダさんがこの世を去ったのは、それから数ヶ月あとのことだった。
 当時、僕もヤマダさんも社員寮に住んでいて、彼は自分の部屋で首を吊っていた。
 社用車で集団出勤していたのだが、時間になっても出てこないので様子を見にいかされた若いのが発見したらしい。
 ――部屋に鍵はかかっていなかった。
 僕は休暇を利用して地元に帰省していたので、そのことを聞いたのは全てが終わったあとだ。
 ヤマダさんは「金がいる」と休みを取っていなかった。僕が長期休暇を取れたのも、僕の出勤分を彼に食ってもらっていたからだ。
 飛び出し同然で離婚した前妻との間にもうけた子への養育費だとか、事業に失敗した借金、パチンコの負けが込んでいて首が回っていないことは知っていた。

 借金苦の自殺だろう――
 周りはそう考えたし、僕もそう思った。警察も事件性はないと判断した。
 数々の奇行も明日の見えないストレスからの八つ当たり。仏になればどこか許される文化に、ヤマダさんを悪く言う声はあまり聞かれなくなった。
「どうせ死ぬなら発電所の中で、事故で死んでくれりゃーな」
 そんな声は聞こえた。自分以外の誰かが、原発の中で、過失のない事故で死ぬことを半ば本気で望んでいた。みんなだ。
 みんなって誰? なんて通用しない。一人残らずみんなだ。
 そうすれば、劣悪な環境は少しでも改善され、電力会社から割のいい仕事がもらえ、勝手にかけられている死亡保険で会社も潤うから社長のご機嫌もよくなるだろうと……
 電○のあの一件のように「かえって面倒なことしてくれた」にならなければ是非に、と。

 遺書はあったらしい。
「お前には見せられん」
 当時の直属の上司からそう言われて、僕はヤマダさんの最期の言葉を知らない。
 僕への恨みつらみが書かれていたのか、倒錯した愛情だったのかもしれない。
 人間、自分が思う以上に人になにかしてあげたと思っているし、なにもしてもらえなかったと思っている。
 どうでもいい人間ばかりが、最後の最後まで自分を離してくれない。そんなものだろう。
 憎まれっ子世にはばかるも、悪運の強さも通じなかったのか。ヤマダさんは自ら死んだ。
 キモトさんは、それからしばらくなにか言いたげに僕を見ていた。僕はずっと知らないフリを決め込んだ。
「食われたんだよ」
 キモトさんがこちらに視線を送りながらそうつぶやいた気のしたこともあった。それも前だけを見てやり過ごした。

さん」
 キモトさんを無視していて、ふいに声をかけられた。
 振り向くと、話したこともない別の部署の若い新卒の子だった。
――どうしたの?
 言ってもその子は目を合わせようとせず、もじもじしている。
 まさかこいつも「僕がなにか見えていたんだろう?」なんて言い出すんじゃないだろうな……。
ヤマダさんが使ってた部屋に移動したいんですけど……」
 遠慮がちで、小さな声だった。なぜそんなことを僕に申し出てきたのかも分からない。
――どうして?
「あそこ角部屋だし……それに」
――それに?
「なんか出たらおもしろいかな、って」

 ……本社の総務に聞いてあげるよ。それだけ約束して、僕はその場をあとにした。

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