原発怪談 其ノ三

 日本の原発は世界最高峰の警備レベルを誇る場所――と、されている。
 実際の内情はご想像にお任せするとして、僕がメインで仕事をしていた原発は全国的に見てもちょっと特殊で複雑な構造をしているところだった。
 と、いうか本当は****なんだが……。
 色々と世界・全国に先駆けて試験的な試みもするところで、本当は****なところを「試験的な試み」に免罪符を置いていただけの気がしないでもない。
 その試験的な試みに携わるのも**問題や**関係などで地元企業がかなり深いところまで食い込んでいるという闇の深……懐の深さだった。

   *

 ドーナツを思い浮かべると分かりやすい。
 それがいくつも重なって、中心に近づくほど原発というのは警備レベルが厳しくなるという寸法だ。
 国が法律で定める「防護区域」というものがあって、その外側にも電力会社が自前で設定した「周辺防護区域」や「立入制限区域」などがある。
 ほかにも色々あったり、電力会社が設定した「防護区域」が法を定める範囲より厳しかったりするところもあるが――割愛。
 その「防護区域」の中にも色々とレベルがあって、人が入れる限界の場所に「**キカク」というところがある。
 放射線は”感覚”がないだけに、その実感が湧かないのでかえって怖い。
 一応、「人が入れる限界の場所」に設定されているわけだが、それもかなり「厳し目」にしているのか、どうしようもなく「甘い目」にされているのかしれない。
 **キカクを超える放射線量の人が立ち入れない場所にはロボットが出動するが、途中でコケてしまって建物の中でそのままになっているのが、僕が勤めていた時点で(その原発には)3台あると聞いた。

 ――実はその倒れたロボットを直しに行くだけの仕事がある。月給¥100万。ピンハネはされるが893が西成で斡旋している。戸籍のないのが騙されて連れてこられるのが主だ。国もどうしようもないので黙認している――

 なんて都市伝説も耳にした。

 閑話休題。

 件の**キカクに一度だけ、一度だけだが、前途した「試み」の関係で僕も足を踏み入れたことがある。

   *

「おう、どうだった? 大丈夫だったか?」
 **キカクから出てきて相勤だった先輩に声をかけられた。
――大丈夫もなにも、放射線相手になにも感じませんよ
「いや、そうじゃなくて」
 先輩の目は輝いていた。
 少し不思議に思ったが、僕の当時の同僚で**キカクに入ったことがあるのは数人だったから無理もない。
――まあ、なんていうか……気味の悪い。空気は変わりましたね
「あそこな。手前で悲鳴上げて入らずに逃げ出して、そのまま辞めちまった発電員が二人いるらしいんだよ」
 少し、反応に困った。
 発電員というのは各電力会社に直接正規雇用されるエリートで、いわばエンジニアだ。
 原発カーストにおいて地位は上から数えて何番目……役職がつけばその発言力はかなりのものになる。
 ――発電員とつき合った関連会社の女は週3日の勤務で、あとは空出勤がつけてもらえる。だから、週一回は発電員と合コンしている。発電員とつき合い、幹部の愛人になって、外で彼氏を作り、つまみ食いして……いずれ発電員の嫁になるのが勝ち組だ――
 そんな噂もまことしやかに囁かれるぐらいだから、原発の世界において発電員が「憧れの人」であることは分かると思う。

――発電員が、ですか?
「おう。これ裏は取れてるぞ。前ここにいた発電員の同級生がいるからな」
 電力会社に新卒採用されること自体がエグイ倍率だ。さらに発電員になれるのはほんの一握りで、ほとんどがその研修期間中についていけずに脱落する。
 それほど専門的で六法全書に近い内容を頭に叩き込み、かつ偏屈な上司に長年囲まれながら経験を積んで勘を磨かなければいけない。
 それでもやる価値は十分ある。電力会社社員というだけで後ろ指差されると風俗嬢に愚痴る今の世でも。
――なにか見たんですか? その発電員さん?
「それを聞いてんだよ。お前、なんか見たか?」
 僕はなにも見ていない。確かに空気は張り詰めていて、それなのにドロリとした違和感はあった。
 が、「人が入れる限界の場所」という前置きに緊張していたことが原因で、自らが作り上げた「おかしな空気」だと考えていた。
「教えろよ。ホントはなんか見たんだろ?」
 先輩はハトみたいに首を突き出して食い下がった。
――なにも見てませんよ……
 仕事についていけないどうしようもなさなら分かる。しかし、約束された将来を手放してまで逃げ出す”なにか”が**キカクにあるというのか。
 新卒採用枠がかなり狭き門となった昨今なら特に。腐っても電力社員というブランドを捨ててまで――
「つまんねぇな……なんも見てねえの?」
――見てませんよ。その発電員さんはなにを見たのか、お友達から聞いてないんですか?
「幽霊? 的ななんか……なんつーのアレ、ほら人の、生まれてきてゴメンなさい、的な」
――人間の業、とかですか?
 先輩はバチン! と指を鳴らした。やることがいちいち古臭い。
「それ、それ! そんなの! お前、頭いーな。なんかそんなだよ」
 恨、怨、悔、懺――吹き溜まり、輪になって蔓延する負の感情……を、具現化した”なにか”を見たのだろうか。
 まだ、原発の世界の住人になって若い、それでなくても若く、社会的にも若い人だから見えたのだろうか。

   *

「俺も何回か入ったことある」
 訛りがキツ過ぎてほぼほぼなに言ってんだか分からない業者のオッサンと雑談していて、**キカクの話になった。
――あそこで、なにか見た人いるらしいですよ
「なにかって、なにを?」
 僕は言葉に詰まった。
「お兄ちゃん、なんか見たんけ?」
 オッサンは嘲笑った。
 ポケットをゴソゴソやるとチョコバーを出す。明後日を見ながら、オッサンは黙ってそれを僕に差し出した。
――いや、僕は……なにも見てないんですけど
 なぜ原発のオッサンたちは、なにかとお菓子をくれるのか。甘いものが好きなのか、必須なのか、人を子供かなにかと思っているのか……もらうけど。
「まあ、あそこから出てきて死んでんのなんていくらでもいるで」
 オッサンがくれたのはおしいさ稲妻級のアレだった。若い女性に大人気のアレ。
「***外して中入ってる人間なんて山ほどいる」
 土建屋は流行に敏感で、突っ切るところがある。コレもかなり早い段階で恥ずかし気もなく着けている人間がかなりいたし、愛車の軽に○○組のステッカーと横並びでキティちゃん貼ってんのとかイッパイいるし……。
「汚染されて死ぬのと、汚染量超えてその月ば中入れんくなっておマンマ食い上げで死ぬのと一緒だでな」
 ギャルが好き過ぎて好みに合わせるのと、自らがギャル化するのとは違うと思う。
「だったら目先の、明日の飯食うこと考えっべ。腹は減るけんども放射線は痛くもかゆくもねえしよ。”俺は大丈夫”って、みーな思ってんだよ」
 オッサンの場合、若いのから取り上げてみたら以外と美味しくてハマってしまっただけだと思うけれども。
「だども文句言えねーべな。勝手にやってっことだし。んでもあすこ(**キカク)で倒れたっちは聞かねえーな」
 オッサンは呆れたように、悲しそうに僕を見た。
「一応、心得てるべ。発電所の中で倒れないように。したっけ、あとあとややごしいで締めつけが厳しくなっがら、みんな迷惑すっで」
 誰に話しかけているのか分からない顔だった。
 ただ僕がそこにあるから、そこにあるものとして語りかける対象になっていただけに思えた。
「もう分かってっべ、ここ以外で通用しねーことぐれえ。みんな」
 お前も諦めろよ、そう言われてる気のした。
「**キカクでねくても(汚線量が)キツイとこ入ってっち人間は、耐え切れなぐでツケさ回って急に倒れるやついるさな」
 ……オッサンに、僕のおやつを少し分けて上げることにした。

   *

 今日も原因不明の急性心不全で、この世を去る自己責任たちがいる。電力会社が国に報告を上げずに済んだ成功者は何人いたろうか。
 死ぬ間際、なにを考えていたのだろう。
 死の淵で、それは一瞬で、なにも思い残すことなんてなかったろうか。
 きっと、生きているときの方が色々と考えているのだと思う。死んだときに残してしまっていた欠片が、いよいよ思い残すことになるのかもしれない。
 残滓は、渦巻いて相互に影響しうる環境なら共鳴しなくて、立ち消えることも出来ないでいるのだろうか。

 あの世界で――

 原発の世界で馴染めなかった正しい不適合者は、**キカクでなにを見たのか。
 あの世界の不良品になれなかった僕には、分からない。

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