原発怪談

 いわゆる原発で出稼ぎをしていたときの話だ。
 守秘義務がどうの以前に書けないことは山ほどあるが、どこぞの電波でもあるまいし僕は通信妨害を受けているわけではない。ギフハブに監視もされていない。
 と、いうわけで書けるものは書いてしまうわけだが――

 原子力発電所というところは、まあ特殊社会もいいところで、存在そのものがオカルトと言っても過言ではない。
 あの事故が起きたとき、僕は完全に他人事で発電所・原電(関係者はこう呼ぶ)とは一生無縁――だと思っていた――世界にいた。
 事故に関することは色々と本が出ているから、好きなものを信じてもらうとして……
 当時の様子を知る知り合いから聞いた話だと、出入り業者のオッサンが教えてくれた小噺。本当かどうかかは知らない。

   *

 当時、現場が凄惨を極め阿鼻叫喚の地獄絵図だったことは言うまでもない。
 きっと、関係者であっても想像の追いつかないような状況だったことだろう。
 ――事故対応のどの段階かは分からない。
「いいか! ゆっくり歩けよ!」
 どこのなんたる業者か関係者か知れない。とにかく現場を指揮する者が声を荒げた。
「慌てるな! 慌てるなよ、絶対に走るな!」
 内部のさる空間は水浸しになっていて、防護服に身を包んだ作業員が対応にあたっていた。
 指揮に従い作業員は、一列に並んで前へ進んでいる。ほとんどの人間がキャパオーバーを起こして、緊張の糸が緩んだまま張りつめているようなおかしなことになっていた想像に難くない。
「ゆっくりな……っ!」
 指揮者の再三に渡る注意は、もうこれで何度目だろうか……返事をする者も少なくなっていた。
 ――ピチャリ。
 一際、大きな――とはいっても普通の雨道であれば、それは微かな――水音が鳴り、列を成して歩いていた作業員の一人が足を止めた。
「あ」
 踏みしめた歩が爆ぜさせたのは、ほんの……ほんの少しだった。
 幼児が、雨の日にお気に入りの長靴を履いてバシャバシャやるようにしぶきが上がったわけではない。
「なんか足が……アレ」
 わずかな隙間だった。
 防護服と長靴のわずかな隙間――
 飛び込んで直接皮膚に触れた汚染水は、いとも簡単に人体を破壊した。
 痛みもなにもないまま、一瞬のうちに細胞を破壊された足は壊死を引き起こし、もう使いものにならなくなっていた。

   *

「水死体みたいに全身パンパンに膨れ上がってな。ドス黒い紫になった仏がそこいら中、転がっとったらしいで」
 オッサンは意地悪くニヤリと笑った。
「死んだら終いやったらええけどな。今でも発電所の中うろうろしとるやつ多いらしいわ」
 もうもうと煙の充満する喫煙所で二人切りというのは珍しい状況だ。オッサンも話し相手が欲しかったのだろう。

 この話を聞いた当時、明らかに新入りで、一目見ればよそ者と分かる僕がからかわれただけかもしれない。
 怪談――というよりは、もはや都市伝説に近い。
「ワシもあの(事故の)あと福島いっとったけどな。あんなもん***なしで**るとこちゃうで」
 ふ、と現在の****を掲示している電光掲示板が頭をよぎった。
「まあ、兄ちゃん***やからな。仕事なくならん思うけど、あんま変なとこ騙されて危ないとこ行きなや」
――トラックとか儲かるんですか?
「アカン、アカン。乗るんやったら生コンにしとき。いうて正社員が多いし、コンクリ固まってまうから遠いとこいかされへんわ」
 オッサンは渋い顔で最後の一服を大きく吸い上げると、消化水にタバコを浸した。お話は終わりらしい。

「今でも夢見るわ」
 喫煙所から出て行こうとするオッサンの背中を目で追った。
「今日も出よんにゃろなぁ……けったくそ悪い」
 オッサンあんた……

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