同胞認定

 飲み会まがいで知り合ったナミさんは複雑なお人だった。
 当時でアラフィフだったが、とてもそうは見えないお綺麗な方で既婚者だった。
「私が彼氏いる理由分かった?」
 僕の隣にいた彼女は、そう言ってニッコリ笑った。
 19で結婚した相手は28でバツイチ子持ち。子供は前妻が引き取っていたという。

「アンタの旦那の子を身ごもった」
 ナミさんが28になったある日だ。
 突然、自宅に押しかけて来た女からそう告げられたという。相手は、古くからの友達だった。
 ナミさんは堕ろすよう詰め寄ったが、
「だって、アンタ子供出来ないでしょ」
 その一言で刺されて、「産むから」で終わった。ナミさんはなにも言えなかった。
 石女……吐き捨てるような呟きと背中を見送った。

   *

 結局、旦那さんはナミさんとは離婚しないまま、ナミさんの友達との間に出来た子を認知した。
「今は週二ぐらいかな。旦那、家帰って来んの。娘(前妻との間に出来た子)が離婚したからマンション買って上げてそこにいる。あと私の友達にもマンション買って、認知した子に会いに行ってる」
 なにか、あくまで普通を装って語らっていた仮面が本物になった――そんな顔だった。
 ――離婚しようとは思わなかったんですか?
「私にもマンション買ってくれたし、生活費は入れてくれてるしさ、それに不妊治療で800万ぐらい使わせてるから……べつにいいかなって」
 旦那さんは、娘と愛人と嫁とで実質、三重生活ということになる。なかなかの甲斐性というか、なんというか。
 ナミさんは経済的な理由とか、社会的な理由を取ったのだろうか……それとも旦那さんをまだ好きで、自責の念もあって――。
 ――まあ、まだ恵まれてる方かもしれ……。
「私、家事もしてないし。今も旦那が帰って来ても”外、食べ行く?”みたいな感じだし。ママには”アンタだけそんな身体に産んでゴメンね”って泣かれた」
 ナミさんは、旦那さんと彼氏とお母さんからもらうお小遣いで悠々自適に暮らしているらしかった。
 本人がいいなら、それでいい。幸せなんて人が決められることではないのだから。
 まあ、五十路手前のいい大人が我が親を人前でママと形容するのは止めた方がいいと思うが。引く。
「彼氏は家に入れたことないよ。名義が私ってだけで一応、旦那の家だしね」
 どうでもいいが、指の腹で僕の膝をさするのを止めていただきたい。欲情しても負けだし、しなくて逆ギレの目に遭う。負け戦ですやん……。
 ――いいんですか? 初対面の人間にそんな話。
「いいよ。だって事実は事実だし」
 もう慣れたのか。そこかしこで身の上話をして、聞いて欲しいすらないのか――それでも、(子供って)そんなに欲しい? とたずねてくるナミさんはどこか寂し気で、意地を張ったようにも見えて……。
 しかし、なぜ僕の周りにはこうもこじらせた人ばかりが集まるのか?
「お前もおかしいからだよ」とか、「類は友を呼ぶって言葉知ってる?」なんてセリフは、耳を餃子にしたいぐらいに聞き飽き――。
「アンタもでしょ」
 グラスに口をつけた僕へ低い声が刺さった。
 ――え?
 ジットリと、ナミさんは自分もジョッキに口をつけたままこちらを見ていた。
 ――僕は、まだ結婚したことも……。
「そうじゃなくて」
 そこまで言ってナミさんは目を閉じ、ジョッキの残りを飲み干した。
「におい、してるよ」
 ――同じにおいがする、ってやつですか。
 僕は変に笑顔を作って見せた。空のジョッキをテーブルへ叩きつけるようにしたナミさんは、少し間を持たせていた。
「ううん。甘いけど腐ってるんだよ。……一緒でしょ?」
 言われて固まっていると、「なに飲んでのそれ? 女子かよ!」と肩を叩かれた。
「最後は戸籍が強いんだよ! でも認知しちゃったから、娘とは別で財産分与いっちゃうんだよねー」
 クダを巻くナミさんを見つめていた。
 僕は、彼女に自分が”出来ない”ことを言っていない。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。