お相手いらぬお客様

 なにかおかしな夢を見た。
 分かりやすい怖い夢でなかったことは覚えている。が、どうも起きてからもやもやとしてどこか気分が悪いのを引きずる感じだった。
 顔だけ洗って乱暴にカギ束を掴み家を出る。時刻は早朝4時ごろだった。
 僕がいなければそこには誰も、なにもいない家だ。気兼ねする必要はない。

 そこまで腹は空いていなかったが、どことなく牛丼屋で食事し、そのまま漫画喫茶へと足を運んで時間を潰す。
 朝7時ごろ、そのまま早めに職場へと向かった。
 当時は現金とケータイ、タバコにライター、あとはカギ束で事足りるお気楽なフリーター生活だった。いちいち家に帰る必要もない。

   *

 夕方6時過ぎに勤務は終わり、だらだら着替えていた。
 当時の職場の事務所が狭く、更衣室がないに等しい状態だったが、私服の上にエプロンをつけるだけなのでそれほど難はない。
 エプロンを外し、所定の位置に名札とともに立てかけ一息ついたところで、同僚のフジタくんが事務所に入って来た。
 マルヤマさんも遅れてやって来る。
「金庫、終わりました?」
 ――終わったよ。
 エプロンを外そうとしているフジタくんとそんな会話を交わしていたら、スッと彼の表情が消えた。
 そのまま、スーッと事務所の入り口へ歩いて行くとそこでエプロンを脱ぎ出す。まるで、いつもそうしているように。
 特別なことを考えてはいないが、そばにいる人を一時的に認識の世界から外した、意識の飛んだような顔で床に視線を落としている。
 なんだか違和感を覚えてマルヤマさんに目をくれると、脱ぎ終えたエプロンを両手に抱え、彼女も不思議そうにフジタくんを見ていた。
 すぐにこちらへ戻って来たフジタくんは逆に不思議そうに、
「……? どうしたんですか?」
 ――いや、なんでわざわざ移動したのかな、って
「うん……わざわざ狭いところ行ったから」
 フジタくんは少し戸惑うように間を置いた。
「ホントですね……なんで俺、あっち行って(エプロン)脱いだんですかね」
 フワッと宙に浮いたフジタくんの言葉は、そのまま返答を待たずして天井に吸い込まれて消えた。
「ま、まあ、なんとなくだよね?」
 気遣ったマルヤマさんの言葉も特に拾われることはなく、僕たちは事務所を後にした。

   *

 数日後、話すこともなかったので、なんとはなしフジタくんに聞いた。
 ――なにか理由があったんじゃないの? わざわざ狭いところに……。
「普段、あんなことしないんですけどねぇ」
 フジタくんは天井を掴むように言った。
 別段、うとましげではなかったが、これ以上突ついて悪いと思ったとき、
「なんかねぇ……誰かが通るから、避けないといけない気がしたんですよ」
 今考えるとですけどね、僕の方を見ないフジタくんが呟いた。
 ”なにか”が通る。だから、本能的に道を譲った。避けた――。
 あの日。起きてすぐ家を出て、帰る気になれなかったのは、なにかが僕の家に来たからだろうか。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。