対峙で退治

 学生を終えるか終えないかのころだ。
 母の実家に家族揃って帰省した際、仏間で一人寝ていて見事にうなされた。
 よく覚えていないが、なにか恐ろしい夢を見て飛び起きる。シバシバする目をこすろうとしたところで、背後に気配を感じた。
 コッ……。
 僕の髪の毛を超えて”なにか”が地肌を押し込む。
 髪の毛とはセンチ単位で切るものではなく、ミリ単位で残すものだと考えていた当時の僕には、ほぼ直接的な感触だった。
 思わず振り返ると、軍服に身を包んだ兵隊さんがいた。旧日本兵だと思った。
 僕の後頭部に突きつけられたものは、紛れもない銃口だった。
 両手で構えるそれは三八式歩兵銃というやつだろうか……刀剣は見えない。
(夢……な、気がしない、けど、そうであって欲し……)
 軽いパニックを起こす僕を見すえる目は軍帽に隠れて全体的に暗く、どういった表情を浮かべているのかは分からなかった。
 部屋自体も暗い。まだ真夜中だったのかもしれない。
 僕の後ろに立つ兵隊の、その後ろにある仏壇に必死になって祈った。
 ナンマンダブだかギャアテイ、ギャアテイだったか、とりあえず知っているお経らしきものを念じる。
(あ、殺されるかも……)
 なんだか冷静にそう思って前を向き直した。
 祖父がいる。
 遠く離れているような、近いような……距離感の掴めないところで板に乗せたなにかをこすっていた。
 時折、そばに置いた大きなタライのようなものからなにかをすくって乱暴に板の上に撒いては、板の上を力を込めてこすっている。
 しばらくその光景に傍観する僕に気づいたように祖父は手を止め、こちらを見た。
「コラァ……」
 ”コ”と”オ”の中間のような発音で始まる低く発した声は僕の後ろ、兵隊に向けられたもののような気がした。
 思い出したように振り返る。
 銃口を突きつける兵隊を頂点としてピラミッドを作るように、幾人もの兵隊がズラリと並んでいた。
 祖父に助けを求めるしかないと、再度、顔を前にやった。
 誰かにフッと耳に息を吹きかけられたような気がして意識が遠のく――そのまま、すぐに目覚めたような感覚だった。

   *

「おぅ、肉食え! 肉!」
 起きたときにはもう昼近く、祖父はソファーに深く腰かけて元気だった。
 ――今、こんな夢見たよ
「あぁ……? なんじゃあ!?」
 何度説明しても、祖父に伝わっている様子はなかった。
 ボケだとか、耳が遠いとか以前に話しの通じない人なので、いくら説明しても無駄なことは分かっている。
 祖父と通じるのは長年寄り添った祖母ぐらいのものだったから、そちらに話そうかと席を取った。
「おじいさんが助けてくれたんちゃうか」
 あまり見たことのない祖母の笑顔がそこにあった。
 祖母は僕の視線を釣るように、ゆっくりと祖父に目をくれた。
 寝てんだか、起きてんだか……お前それ2km先ぐらいしか焦点合ってないだろうと言いたくなる祖父は、心ここにあらずだった。
「おじいさん。兵隊追い払ったんか?」
「ん、あぁ……?」
「兵隊や兵隊」ほほっ、と祖母は小さく笑った。
「兵隊なんじゃあ! ワシの、百姓に赤紙持って来くさってからに○△□☆……」
 所詮、会話なんて繋がっているようでいない言葉を繋げているだけのものだから、もう祖母にとっては無理に繋ぐ必要のないものかもしれない。
「戦争の時分、嘘ついて徴兵行かんかったんや。”田んぼ誰が見る”言うて……時期、牢屋(に)入れられたけどな」
 そのとき頭殴られ過ぎておかしなったんとちゃうか、祖母は誰に言うでもなくつけ加えて捨て笑った。
 それから、チラリまた祖父を見やる。
「なにか”こすってた”言うたな? それ畜生の皮とちゃうか?」
 ――牛とかの……皮?
「おじいさん。皮なめしてたことあるか、て」
「あぁ……? 牛や猪のな、皮をな……塩まぶしてこするんや。なめして、なめして」
 祖父の声はひどく低かった。
 ――そういう仕事してたの?
「鹿が高ぅ売れるんや! 畜生の皮剥いでなぁ……」
 初めて聞いたが戦後間もないころ、祖父はそれを生業にしていたことがあるらしい。
 だとすれば僕が見たあの”なにかをこする”光景はそれだったのだろうか。
「あんなもん畜生以下の人間がやる最っ低の仕事やっ! 時期、*****に取られたわい」
 祖父はニタニタ笑っていた。当時、畜産業者だった兄がなんとも言えない顔をしていたのを覚えている。
 誰にお礼をいって、誰に謝らなければいけないのか分からなくなった僕は、苦笑いでお昼に用意された焼肉をつまみに行った。
「孫まで兵隊に取りに来くさっ○△□☆……」
 祖父は遠い目でなにかつぶやいていた。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。