挨拶は大事

 僕は知らない人によく挨拶をされる。
 すれ違いで深い意味なく交わされる会釈や人違いの話ではない。
 僕の目つきが悪過ぎて、ついつい頭を下げられてしまった場合でもない。
 ただ、そんなときはよく分からないでいても、必ず会釈ぐらいは返すようにしている。

   *

 ある日、近所のコンビニで原付を停めたところで、地面に不思議なものを見つけた。
 足元に広がる赤茶けたシミは、叩きつけられたように中心点から飛沫を上げてアスファルトへ染み込んでいる。
 ある程度、時間は経っているようだったものの、まだ日は浅いようにも思えた。
(事故でもあったのかなぁ……)
 そう思いながら店内へと足を進め、ものの数分で買物は済ませて、再度自動ドアをくぐる。
 インしたTシャツを自慢の太鼓腹で破れんばかりに引き伸ばした見知らぬオッサンが、入り口に向かって歩いて来るのが正面に見えた。
 ギリギリ浮浪者未満。そう言っては失礼か。お世辞にも清潔には見えず、どこか社会性を失ってしまった感のあるその人が、
「おはよう」
 矛先は、原付に乗ろうとした僕だった。
 むろん、僕は相手のことなど知らない。
 面倒になってはたまらない。軽く会釈した。
 そのまま足早に原付へまたがり、ヘルメットのアゴ紐を締めかかったとき、
「バイク気ぃつけぇーよぉ」
 振り返ればオッサンが入り口付近で足を止め、こちらへ向け何度か手を上げている。まるで知り合いにそうするかのように。
 頬を引きつらせながら、うやむやに手を上げて呼応しエンジンをかけた。
(気味の悪いおっさんだなぁ……)
 思って、すぐにそういうことかと納得した。
 足元に広がるこのシミは、最近ここでバイク事故でもあったんだろうと。
 前を向き直し、軽くハンドルに力を加えた。
「あぁ、アアカン、アカッ! ま○△□☆!!」
 突如として張り上げられた大声に被さるようにして、
 ガチャンっ!!
 死角の歩道から猛スピードで曲がって来た自転車の女の子がこけた。もの凄い勢いで。
 カラカラカラッ……っと回り続ける自転車の後輪のそばで両足をそろえ、女座りにヘタリ込む女の子を見る。
 その子を気遣うことなく、脇をすり抜けると車道に出て帰路に着いた。

   *

 あのまま発進していれば、正面衝突で女の子と完全な交通事故を起こしていた。
 ここはオッサンに感謝し、お礼を言うべきところだろう。
 だが、ある意味関わらない方が懸命かとも思う。
 僕の直線状の後ろ方向にいたおっさんからしてもそこは完全な死角。女の子が飛び込んで来ることなど分かるはずがないのだ。
 願わくばあのアスファルトに染み込んだシミが、あのおっさんでないことを祈る。
 僕は生まれてこの方、幽霊など見たことがない――ことにしておきたいのだ。
 どちらにせよ、例え相手が知らない人だとしても挨拶は無視しないのが賢明だ。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。