ざんない三昧

 団子、饅頭、おにぎり、マシュマロ、ゆで玉子、ご利益のない大仏、縁起でもない福助、誤解招き猫、ラリパッパ星人……。
 よくぞまあ、人様を好き勝手呼んでくれるものだと思う。最後の方なんか、もはやあだ名ですらない。ただの悪口だ。
 と、いうか、普通あだ名は名前からつけるのが定石なのではないのか?
「改名したい」
 軽い気持ちで、そう考えたことのある人もいるはずだ。
 名前から安直につけられる不本意なあだ名はさて置き。画数が悪い、画数が多い、読みが特殊、キラキラすぎて辛いetc……。
 フリーター時代に知り合ったホウジョウさんは、名前を変えた一人だ。ただし、彼の場合、自身の結婚は関係ない。

 *

 一時期、暇を持て余してはことあるごとに二人でウロウロしていた。平日の真昼間から。
 ある日、夜も明けたかどうかの時間。牛丼屋でヒマだ、金がないと二人でぼやいていたら、ホウジョウさんの身の上話が始まった。
「親が何回も離婚しててさ、大変なんだよ」
 ホウジョウさんは何人か父親が変わっているらしく、その度に名字が変わってきたらしい。
 適当に相槌を打ちながら、パラパラとメニューをめくっていた。甘いものでも胃に収めたい。
「名前も入れ替えたことあるんだよ」
 ――名字との兼ね合いとかですか?
「そう、それ」ホウジョウさんは、苦々しく頬を吊り上げた。
「元々、”カツノリ”だったんだよ。一時期、”ノリカツ”にされてさ」
 それまたなんで? メニューをめくっていた僕に、ホウジョウさんは身を乗り出しチョコアイスを指した。
「なんか守護霊が強すぎるんだってさ。で、この名字だと命が危ないとかなんとかで……」
 ――それ、守護霊関係あるんですか?
 タルそうな店員の兄ちゃんを呼び寄せ、チョコアイス二つを告げる。お冷を飲み干した。
 そう簡単に「名」を変えられるものだろうか? 守護霊がどうの以前に、そんな疑問もあった。
 名字だって変えすぎると元に戻せなくなったり、変えられなくなる法律があったような気もする。
「さあ……でも俺、心霊スポットとかホントダメなんだよね。なんか連れて帰りそうで」
 今から行きます? そう笑う僕にホウジョウさんは無言で手を振り、トイレに立った。
 しばらく、頬杖ついてケータイをいじる。
 気づくとトイレから戻ったホウジョウさんが僕のそばに立っていた。
「嵐山行かない?」
 京都の嵐山には、清滝トンネルという有名な心霊スポットがある。
 怖くもなんともない人もいるが、ダメな人は本当にダメだという。
 ――清滝ですか?
「違うよ。嵐山って朝早くとか夜中とか行くと結構、綺麗なんだよ。川のせせらぎ的な」
 言われて僕は同意した。

   *

 ――話し戻りますけど、”ノリカツ”に変えたあとわざわざ”カツノリ”に戻したんですか?
「なんか”ノリカツ”嫌だなと思って。また名字が変わったとき、この名字なら大丈夫って言われて」
 助手席の扉は開かず、カギはかからず、走行距離は軽く14万キロを超えたホウジョウさんの愛車が、嵐山へ向けて走っていた。
 全開にした窓から、タバコの煙が逃げていく。
「でも何度も名前変えたり、引っくり返したりって、そうあることじゃないと思うんだよ」
 確かにそうないことだ。その話が本当であるとすれば、だが。
 今じゃちょっとした自慢みたいなもんだよ、とホウジョウさんは苦く笑う。
「あ、窓閉めて」
 突然、言われて少し驚いた。
「トンネル……とりあえず閉めて」
 語気を荒げないように、抑えを効かせた言い方だった。慌てて窓を閉める。パワーウィンドウなんて代物はついていない。
 ハンドルを必死で回していて、窓を閉め切るころには、トンネルに車が差しかかった。
 一体どうしたのか、横を見るとホウジョウさんはプルプルと震えている。
 トンネルは短かった。
 あっという間に光が広がり、プゥァ! と、ホウジョウさんが大きく息をもらす。
 どうやら息を止めていたらしい。
 ――なにしてんですか?
 息を欲しがりながら、ホウジョウさんは必死に答える。
「トンネルって、なんか、入ってきそうな気、しない? 窓とか開けてると」
 だからって、なにも息まで止めなくても……。
「間に合ったかなあ、今の。トンネル入るまでに閉めてた? 窓? なんか変なコト起きそうで」
 ――窓開けて逆走すれば、また名前ひっくり返るんじゃないですか?
 そわそわするホウジョウさんは、僕の冗談を聞き流した。ドリンクホルダーに差し込んだホウジョウさんのケータイが鳴る。
 持ち主は手を伸ばし――。
「あぁーそう……今? 仕事の人といる。うん、分かった」
 ――ゴメンなさい。暑いです。
 言って窓を開けた僕を、電話中のホウジョウさんはチラリ見やった。
 それから申し訳なさそうに、
「ちょっと、今から親のところ……そっち、先に寄っていい?」
 全然、構わないですよ。僕の一言と同時に、車は完全に法律を無視してUターンした。

   *

 地元へ帰ってきて、お母さんの勤め先らしいドラッグストアの駐車場に車は停車していた。
 すぐにお母さんらしき人が制服姿で近寄ってきて、ニッコリ笑って挨拶をくれる。
 ものの数秒で用事は済んだようだが、ホウジョウさんがエンジンをかけたときだ。
「あ、”ノリカツ”……じゃないや、”カツノリ”? あれ? あんたどっちだっけ?」
 お母さんが、困惑気味にホウジョウさんを呼び止めた。
「今は”カ・ツ・ノ・リ”。なに?」
 窓をキュルキュルと開けながら、ホウジョウさんは呆れたように言う。
「あんた、また名前変わってもいい?」
「……なんで?」
 不機嫌そうな、どこか不安げな表情を浮かべるホウジョウさんに、お母さんはこう告げた。
「今度の名字、あんたが名前変えないといけなくなったときと同じで……」
 ほら、なんか起きた! 叫ぶ声と同時に、強烈なキックダウンで車は走り出した。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。