母の実家に帰省したときのことだ。
突然の大雪に足止めされて日帰りのつもりだったが、急遽、一泊することになった。
それはいいが、晩飯を平らげたあとに贅沢した一本を最後でタバコを切らしてしまった。
しばらく我慢していたものの、スモーカーは目の前にタバコの箱がないと耐え切れない。
明日の朝には帰るのだ。寝てしまえばいい。
*
気づけば外を歩いていた。歩けば片道40分はかかる道のり、それにこの積雪の中。
それでも迷わず飛び出してしまうのは、ニコ中の悲しい性。当時は禁煙する気などさらさらなかった。
なにか忘れている気がしないでもないが、確認すればいいものを歩き出して止まらない。
田舎は時間の流れがどうにも早い。外はもうすでに真っ暗だった。外灯もほぼない。
片側に延々と広がる田畑。反対側は間を開けて大きな家々が立ち並ぶ曲がりくねった傾斜を寒空の下、フラフラ歩いて登る。
いざ、傾斜を登り切らんとするときだ。
ビチャ、ビチャ
妙な音が聞こえる。
使われているのかどうかも怪しいバスの停留所——傾斜を登り切った左手にあるそこからのようだった。
音に近づくにつれ、なにか影のように暗闇に蠢く物体も目に映った。
バス停のそばには道祖神がある。
恐らくは山からエサを求めて降りてきたサルかなにかだと思った。お供えものを漁っているのだ、と。
田舎なら別段、驚くような光景でもない。
ところが傾斜を登り切ったとき——
確かにお供えものを何者かが食べていた。
動物ではなかった。
石で出来た道祖神自身だ。
屋根つきの場に祀られる道祖神の前で合わせ鏡のように立つ道祖神が、音だけを立てて供物を消していく。
胸の前に手を合わせるポーズで立ったまま、供物だけが消えていく――
全てを食べ終えたであろう道祖神は、硬い身体のままふらり前方へと倒れ込んだ。
ふ、と消えた。
一切の音を立てることなく祀られる道祖神に合わさったもう一つは、以後、その姿を表すことなく……。賽銭を入れる気にもなれず、財布を開く気すらなかった。
キュッキュッと雪を踏み鳴らし、子供のころ片栗粉に手を入れて遊ぶのが好きだったことを思い出す。
あまりの不思議を垣間見て、スーッとそのこと自体を頭からかき消してしまうときがある。
あくまで不毛な今に戻ろうと……
*
小一時間かけて到着したコンビニで財布を忘れたことに気づいたのは、人ならざる高位の食事を覗き見た罰か報いか——
得るものなく戻ってきたとき、道祖神はほくそ笑んでいるように見えた。