道路の右手側に一件のコンビニがある。
少し進んだ先、今度は左手側に同系列のコンビニがまた一件。
こんな光景を、目にしたことのある人もいるかと思う。
二店舗とも同じ経営者だったりするが、経営者が別の場合もある。僕がいたのは後者のパターンで、どちらを選んだとて時給も客数も違いはしれていた。
乗用車が一台通れば車道を塞ぐ片側一車線の両脇に、それぞれ構える二つのコンビニ。
わざわざ後続車両を待たせてまで、右折で入らなければならない方を選ぶバカはいない。
……ハズなのにいた。それもあとを絶たない。
誤って左手側の店を通りすぎたのなら分かる。決してそうではない。故意なのだ。
理由は単純明快。「カワイイ店員がいるから」ただそれだけ。
呆れる方も多いかもしれないが、男なんてそんなものだ。その店の品揃えの一部といって過言ではない。
「右折でのご来店はご遠慮ください」
経営者がなけなしの金を叩いて立てた看板も全く意味をなさなかった。
右折で入ろうとする客のせいで渋滞が多発。クラクションは飛び交い、近隣住民から店にクレームが入りさあ大変。
たった、一人の女子高生バイトのために。
高校生が働く時間帯は、夕方5時辺りからが相場だ。帰宅ラッシュと重なって、それも悪かった。
無論、彼女に罪はないわけで、店を辞めろとは言えない。
だが、ことはそれだけに止まろうハズもない。
彼女に連絡先を聞く者、渡す者はもちろんのこと、”上がり”のタイミングを見計らい店の外で待機する「出待ちくん」、立ち読みのフリして彼女へ熱い視線(盗み見)を送る「監視くん」、無駄に商品がどこにあるのかたずねてくる「案内厨」……
常設警備員を何名も配置したコンビニなど聞いたことがない。しかも施設警備員でなく、私設。
それどころか、「その子の制服が頻繁になくなる」、「連絡網に乗せた途端、無言電話がよくかかってくる」などなど……。内部犯と容易に察しのつく被害も多発していた。
正直、その子は特別べっぴんさんでもなかった。
どちらかといえば可愛らしい感じの子で、愛想がいいわけでも、オドオドしている感じの子でもない。
一般的に見てもっと可愛い子、美人な子、オシャレな子や愛想のいい子は店にそれなりにいた。
それでも、その子が担当するレジ前に長者の列を作りやがる上に「お待ちのお客様こちらのレジへ」と声をかければ、舌打ちして恨めしそうに渋々こちらへ来る。
聞こえないフリを決め込む。
「いいから!」とわけの分からないことをのたまう。
以上、大体その3パターン。
なんのためにレジを2つ用意しているのか分からない。
女の子同士でシフトに入れば、ほかの子はそれはそれはまあ気が悪いわけで……
*
ほとほと困り果てていたが、本人から急に辞めたいと申し出があった。
さすがに経営者は「君が悪いわけじゃない」と止めたが、彼女は「いつものことですし……」と固辞した。
——いつものことって、前(のバイト)もそうだったの?
結局、辞めてしまうことになった最後の日。シフトがたまたま被っていた僕は聞いた。
「前も、その前もなんです……。なんでか知らないけどみんな私の方ばっかきて……」
学校でもそうなのかと聞く僕に、彼女はゆっくりと首を傾げるだけで肯定も否定もしなかった。
「モテていいじゃない」とはさすがに言えない雰囲気。
両腕に所狭しと刻まれた自傷行為の傷跡は、まだ真新しいものも垣間見えて痛々しい。
「……なんで私なの。べつにそんなに可愛くないのに」
目に薄っすら涙を浮かべている彼女に、謙遜や隠した自慢はなかった。
なにをどう言えばいいのか分からない。女子高生ができるバイトは限られている。
せいぜいがファーストフードか居酒屋、ドラッグストアにコンビニ……いずれにせよ接客を伴うものがほとんどだろうし、飲食・小売が中心だ。
どこへ行っても同じような気がしないでもない。
おモテになるのは結構だが、ここまでくればそうも言ってられない。笑えない。
ある種の集団ヒステリーに近いものを感じる。
「私、特別可愛いですか?」
中々に真剣な眼差しでそう聞かれて、答えようがなかった。
「そんなに」とも「そうだね」とも、この状況では言えない。
さきほどの彼女よろしく、ゆっくり首を傾げるだけでなにも答えなかった。
「なんか知らない人いっぱいに嫌がらせされてるみたい。遠く行きたい……」
宙に浮いた彼女の声に「集団ストーカー」という言葉がよぎった。