狐の子

 僕は昔から怖がりのクセに、怖いものを見たがった。
「あなたの知らない世界って怖いけど見てしまってたよね~」なんて他愛もない話をイタクラさんとしていた。仕事そっちのけで。その流れで僕の祖母がその昔、狸に化かされた話をした。

 いわく、同じところをグルグル回ってはどうやっても家へ辿りつけずいよいよ諦めかけたころ、ポンっと景色が自宅の道のりへ繋がったというのだ。
 祖母はこの話になると必ず「アレは狸に化かされた」そう言ってはばからなかった。
「私、狐の話やったらあるよ」
 気恥ずかしげに笑ったイタクラさんは、ブラブラと揺れては遊ぶ。
 ――狐ですか? 狸も狐も化かすらしいですね
「私、狐の子かもしれないんだよ」
 ふっと僕の背後を通り抜け、振り返ったイタクラさんは、
「狐の子なんだよ。多分」
 確かにそのメイク仕様は、お前ペイントレスラーかと疑いたくなる。ムタか閣下の親戚レベルで化けてはいるが、そういう意味ではないだろう。
「私がお腹の中にいるとき、おばあちゃんが狐の嫁入りを見たんだって」
 狐の嫁入りといえば有名な怪異。伝承はそれぞれなものの、おおむね天気雨に狐火が提灯行列を作る様で、それは狐たちの婚礼の儀であるとされる。
 天気雨に遭遇すると「狐の嫁入り」などと、知らず口にすることが僕にもままある。
 ――狐の嫁入りって、見たらなにかありましたっけ?
 言いながら僕は頭の中の引き出しを色々開けては見たものの、検索結果はゼロだった。なにせCPUが古い。インテル入ってナイ。
「なんかね。寿命半分取られるとか、狐にされてしまうとかそんなの。前、調べたらそんなのだったよ」
 それはまあ、それでいい。見たのはイタクラさんのおばあちゃんなわけだから、イタクラさんが狐にされるいわれはないはず――。
 胸の前で一つ。綺麗な柏手が響いた。
「私の田舎ね、狐の嫁入りは女しか見ないんだって」
 ……女性だけ?
「そう。でね、嫁入り前だと見た人は嫁に取られるんだって。もう結婚してる人が見ると死んじゃう」
 それじゃ狐の嫁探しだ。どういう特異な伝承かしれないが、単純にあまりよくないものだから見ると不幸に見舞われるという系統のものだろう。

   *

 狐の嫁入りに遭遇してしまったイタクラさんのおばあちゃんは、その場で膝をつき必死で拝んだそうだ。困ったときのナンマンダブ……。
 目をつむり拝んでいる間、おばあちゃんは狐の一向に睨まれている気がしてならなかったという。
 それはもう、途方も長く感じられた。
 ……目を開けてみようか。
 ……チラリうかがってみまいか?
 ふと、気配が消えた気のした。おばあちゃんが恐る恐る目を開けてみると、狐の嫁入りはすぎ去り雨も止んでいたという。
 田んぼのあぜ道を転がるばかりに走って、走って家へと帰ると、先ほどあった出来事を身重の娘(イタクラさんのお母さん)に話した。
 おばあちゃんは老い先短い自分ならともかく、まだ会いもせぬ初孫になにかあっては大変だと必死で拝んだ。
「なに言ってるのよ」
 娘がそう言って笑っても、無我夢中で一心不乱に拝んだ。
 バタンっ! と大きな音がして飛びのいた。
 扉が開いたか、閉まったか……いずれにせよそんな物音に驚いたのも束の間。これはえらいこっちゃ、狐が誰かを迎えにきたと前を向き直した矢先。
 どこから現れたのか、火の玉がふわふわと浮かんでいる。
 白く光る黄色に見えるそれをなにもできずただ黙って見ていると、娘の頭上を二、三回グルリ――するや否やスーっとお腹の中へと入って行った。
「入った! 入った! あぁ、大丈夫か!? 大丈夫か!?」
 おばあちゃんが騒ぐそばで、娘は笑うばかり。
 ほどなくしてイタクラさんはこの世に生を受けた。

   *

 ――ああ、じゃあ狐の子なんですかね。イタクラさん
「かもね。おばあちゃん可愛がってくれたんだけど、なーんかたまに自分の孫じゃないみたいな顔するから傷ついたよー」
 ――べつにお揚げさんが好きだったとか、そんなことはないでしょう?
「普通かなぁ……でも狐の子だって言われると”油揚げ好きです!”とか言わないといけない気になっちゃって悩んだよ」
 子供は変に大人に気を使うところがある。それこそ「私は狐の子だ」などと思い込んで、夜中にコッソリ油揚げを盗み食いでもしていたらお寺さんに連れていかれたかも知れない。
 自分は吸血鬼だと思い込み人の生き血を欲しがる奇病があったか、なかったか……。レンフィールド症候群たら、ヴァンパイアフィリアたら。
 イタクラさんが自分の子に「アンタも狐の子だ」と日がな一日中言い続けていれば、転じてヴァンパイアシンドローム……それは少し違うか。
「狐の子だー、孫は取って代わられたーって、最期ずっと騒いでたな。おばあちゃん……」
 イタクラさんは寂しげに口角を上げてうつむいた。
 ――火の玉って黄色いんですか……?
「そこ!?」
 半ば呆れたイタクラさんに、この話は一様の終わりを見せた。
 まあ、狐の子でもいいだろう。**も年下の男を捕まえて結婚までこぎつけたのならば、化かしているようなものだ。
「なに言ってんの!? アレは旦那が勝手に****を***……ッ!」
 ハイ、そうですかと、僕がその場から離れようとしたときだ。
「あー、でもちょっとだけ怖いことあってさ」
 ――ハイ?
 狐の子は真面目な顔して言う。
「私、ヘソの緒が首に絡まってたんだって。絶対、自然にそんなことならないような……ありえないぐらいグルグルに」
 狐に取り殺されかけた人の子は笑う。

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ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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