ホウチペッパー

 お盆が近づき思い出したことがある。
 異主や指輪で書いた店長が赴任してくる前。同じ店で、店長がまだ前任の人だったころの話だ。

「今日は早く帰ろう」
 数人で閉店作業をしていたら、店長が珍しくこんなことを言い出した。
 普段は遅くまで一人残っている。なにか用があるのかと聞いたが、こんな夜中から予定なんかないと真っ当な切り返しをされた。
「まだ、客が残ってるとかないよな?」
 閉店してから30分経ったころぐらいだろうか、店長はおかしなことを言い出した。
 顔色があまりよくない。体調が優れないのかなと考えながら、
 ――誰もいませんよ。店長と僕たちだけです。
「だよなぁ……」
 店のシャッターを閉める前に中は見回っている。店内にいるのは、店長と僕とあと二人、都合4人――全て関係者だ。
 一応、見てきましょうか? 僕は気遣ったが、
「いい」
 店長は、僕をあしらうようにその場を離れた。

   *

 急ぐ気持ちとは裏腹に、店長の作業は進んでいない様子だった。
 あとの二人はすでに作業を終えて、帰り支度を始めている。
 突然、店長がこちらへ向かって走って来た。
「やっぱ誰かいないか? 今……」
 僕はなにも答えなかった。
「今、そこの棚からこっちに顔出したとき……ッ! 俺の前に誰かバッ! と!」
 店長は話しかけた相手の反応がないことに不安を煽られたように、詰まりながらもまくし立てた。
 あえてそうしたわけではない。が、僕はきちんと聞こえていながら、相手を無表情に見つめて物言わぬときがある。悪気はない。
 ――幽霊じゃないんですか……?
 二人して黙り込んだあと、店長は含みのある顔で僕に背を向けた。

   *

 作業も終わり、店内の灯りを一つ、一つ消してゆく。
 前を歩く二人と、後ろを歩く店長にサンドウィッチされて出口へ向かっていた。
「あ、いる」
 ふと前を歩く一人がつぶやいた。かと思えば、「ううん、いい」とその歩を進める。
 フゥ……ッ。
 僕が、肩から下げていたショルダーバッグが浮いた。
 ふわりと浮いたというより、ぐぅ……っと引き上げられたと言った方が正しいか。
 立ち止まり振り返った。
 店長は、明らかに手の届かない距離をうつむき加減に歩いていた。
 店長が顔を上げてこちらを見た。顔を些細な驚きで埋めていた。
 悪戯で僕のバッグを引いたあと、急いで後退したのかとも思った。が、それならさすがに気がつく早さで僕は振り返っている。
 ――店長……今、僕のバッグ引っ張りました?
「ハァ? おいもういいよ。こんなオッサンからかうなよ」
 本当になにかいるんじゃないだろうか、少し不安になって急いで店を出た。
 いつもなら閉まり行くシャッターを見つめながら一服して帰るところだが、なんだかそんな気になれずさっさと帰ろうとする。
 誰よりも早く帰って行く店長を見送ったあと、残りの二人は揃って自転車にまたがり出した。
 バイクの僕がエンジンをかけたときだ。
「あー、泣いてる。うわ、こっち見てる」
 一人がそう漏らした。
 それほど深い仲ではなかったので、詳しいことは聞けず……と、いうよりは聞かない方がよさげなので知らぬふりで二番手に帰路を歩んだ。
 自宅に着いてふと思い出した。
(ああ、お盆だ)

   *

 翌々日当たりか、仲のよかった当時の同僚にこの出来事を話していた。
「あれ、知らなかったの?」
 話せる仲の人間、誰に聞いても皆一様に口を揃える。その店には有名な幽霊がいるらしかった。
 ――なら僕のバッグ引っ張ったのも、そいつの仕業ですかね
「さぁ、そうじゃない? でもアレこの店からは出れないらしいよ」
 聞けば以前、この店はジュエリーショップだったかなにかで、この土地を買い取って改装するさいにお祓いを行った。
 で、強烈な地縛霊とやらがいたようで祓うのは不可能に近いからここに閉じ込めてしまえということになったらしい。
 どういう理屈か知らないが、自由に出入りさせるよりは店に閉じ込めておいた方が安全だというのだ。
 結果、閉じ込めることに成功したらしく、その店をウロついているらしい。
 どこまでが本当の話かは分からない。
 僕がからかわれて全部ウソの可能性もあるし、知らない間に色がついて話が大きくなっている可能性もある。
<あー、泣いてる。うわ、こっち見てる>
 お盆だ。その幽霊さんもどこかに帰りたかったのかもしれない。
 だからといって、僕のバッグに掴まってもどの道出られやしない。
 一緒に連れて行って欲しかったのか……。
 残念ながら僕にそんな力はない。
 籠の中の鳥……閉店後もご退店願われず、今期も帰省成就せず。
 今でも、あの店をウロウロしては出られずにしているのだろうか。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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