事情通

 なにもテレビで流すわけでなし、BPOもPTAも僕には関係ない。
 散々、不謹慎なことを書き散らかして今さら感はなはだしいが、事件やなんやでアレな話。
 以前に書いたアレやコレやで、僕は転生については結構信じていたりする。
「するよ。犬」
 そう答えたのは、嫁さんの友達をその子供が見ている前でコトに持ち込みやがるマツモトという男だ。
「俺、お前に話したことあったっけ? 隣ん家の話」
 隣の奥さんがDV被害者で、なぜかマツモトがその命を狙っていると、奥さんがDV旦那に泣きついている――。
「違う。それじゃなくて車イスのガッちゃん」
 なにが不服なのか、それとも抽象的な不安を僕に与えたいのかマツモトは睨むように、
「ガッちゃん……」
 ガッちゃんとは、当時マツモトの隣宅に住んでいた重度障碍者の男性らしい。
 本人は話すこともままならず空を見上げているらしいが、家族が車イスを押しながら散歩しているという。
 別段、おかしかないが、ガッちゃんは道行く人に無理やり手を振らされるというのだ。
「アレな、夜にはどうしても悩んでしまうタイプの家族とは違うで」
 この男、腐れ外道の分際で福祉関係の仕事に就いている。今は知らないが、当時は障碍者就労施設でパンを焼いていた。
 最初は少年院だかなにかの刑期を減らすために介護施設に奉公へ出て、他にできることもないからそのままそちらの道へ進んでしまった。
 ――違うって、なにが?
「ホンマに幸せなんや。ガッちゃんがあんなでも」
 無差別に人を物扱いする人間に「幸せ」とか口走られても説得力はない。が、幸せは人それぞれだ。それに越したことはない。
「お前、人のババ始末できるか?」
 僕は、マツモトがなにを言いたいのか分からなかった。ので、単刀直入に聞いた。
 色々オブラートに包んで書くと、我が子の世話は焼けるだろう? ペットのならどうだ? と言う。
 確かに自分が飼っている犬のウンコさんなら持ち帰るだろうし、嫌でできないことはない。
「お前、もし自分の子が害抱えとったらどないする?」
 どないもこないも、そもそも出来ない。
 ただ、正直なところ可能であれば殺すだろう。僕は、難病を抱える兄と家族をやっていて弟が限界だ。親にはなれない。
「それが、ペットの生まれ変わりやったらどうする?」
 どういう意味だと聞きおいてほぼ察するに、それでもマツモトはそぐように僕の話を蒸し返した。

   *

 ことの発端は、僕が犬の転生を少し信じたという話をマツモトにしたからだ。
 マツモトは人はもちろん。ペットも転生するという。根拠は「俺、霊感あるから」という腐ったものだが。
 例えば、飼い犬がその居心地のよさに強く願えばその念は叶う可能性が大いにあるというのだ。
 それは神の仕業か宇宙の真理か知らないが、生まれ変わりはあるという。
「でも犬はな、基本、犬にしか生まれ変われん。と、いうか人に生まれ変われるんは人だけや」
 ――ネコはネコ?
「さぁ、とにかく人に生まれ変わるんは元が人だけや」
 なにが言いたいのか。
 さすがにどうとも反応しかねる話に、自分が吐き出す煙の行方だけを追っていた。
「全部が全部とは言わんよ。ただ、異常に幸せそうな家族に囲まれてるか……異様に邪見にされてる障碍者はその可能性があんねん」
 作ったような眼力でマツモトは僕を見据えた。僕は人がする「真剣ですよ」、「怒ってますよ」な表情が大嫌いだ。
 マツモトは僕を眼中から外した。
 まあ、なんでもいい。どうせ、お前は地獄行きなんだから。言って、「お前もな」と笑われた。
「施設にダウン症のがいっぱいおるんやけどな。半ドンで家帰るやつもおったら、施設に入れられたままのやつもおんねん」
 障碍者が暴れるとマツモトが呼ばれる。粗暴な者、腕力のある者の言うことしか聞かない。リミッターの外れた彼らを抑え込むのは、大の男数人がかりで容易ではない。
 そしてマツモトは障碍者に恨まれる。目の死んだ同僚からもやり方を非難される。
「何年も顔も見に来ん。親戚の結婚式も葬式もおらんかったことにされるんや」
 ニッとマツモトは笑った。縦断するケロイドで右目はいびつなプラスになっている。
 障碍者同士のイジメに割って入ったときに、パン切り包丁でザックリいかれたときのものだ。視力はほぼない。
「元からおらんかったことにされるんが、一番嫌やからな」
 マツモトの車は擦り傷だらけだった。無謀な運転の結果か、障碍者にやられたものか区別がつかない。
「元が犬やったとして、ちゃーんと分かっとんねんであいつらは」
 人の嫁を、手塩にかけた人様の娘を欲望に巻き込む人間は、それでも物言えぬ障碍者を性的虐待して遊ぶ人間よりまともなのだろうか。
「風俗で好き放題かましても、我が娘と妹の彼氏は殺したいもんやろう男は」
 マツモトが障碍者に傷つけられたのは、顔と車だけだ。障碍者も健常者も、身体も心も無作為に傷つけてきたバカを擁護する気にはなれない。
「障碍者指差して笑っても、我が子の顔は見たいと思わんのかね?」
 煙に乗せたタメ息が散った。僕にせがんだタバコを挟む手は、小麦粉にまみれていた。
 僕は更生したとされる「元」悪い人を、絶対的に認めない。四角を多少丸くするために、どれだけ多くの丸を傷つけ角を削ってきたのか――。
「みーんな、同じ顔しとる。どれが誰か覚える気もないけど」
 そう、うそぶいて。おそらく、誰が誰か区別はついているのだろう。
 その中に愛されたからこそ、いびつに生まれ変わって捨てられたやつがいるのだとマツモトは言う。
「お釈迦さんかなんか知らんけどな。出来ひんにゃったら、出来ひん言うたらなアカンで」
 畜生は、ニコちゃんマークを縫いつけたエプロンで手を拭った。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。