晴男

 僕は第一印象が悪い。なにもしていないのに悪い。なにやっても悪い。
 だから面接の類はまず落ちる。受かったのなんて、新卒のときと人の紹介ぐらいだ。あと派遣とバイト。
 採用されないことを分かっていながら、面接のため他府県へ足を運んだときのこと。
 早めに着いてしまったので、近くのコンビニへ寄った。店の前で落ち着かない様子に煙を上げる男性がいる。この人も今から面接を受けるのだろうと思った。
 案の定、その男性も面接を受ける人だった。場所も同じで僕の隣に座っていた。

 *
 
 説明会と面接を済ませて個々に帰路に着こうとしていた道中、ふいに背中に手を置かれた。振り返ると件の男性だった。
「さっき、そこのコンビニでお会いしましたよね?」
 緊張から解かれたからか、彼の顔は緩んでいた。
 ――はあ……。
「いやービックリしましたよ! まさか同じ場所だったなんて」
 話しかけられたうえに帰り道まで同じだったものだから、タチが悪い。
 間が空くと微妙に気まずい雰囲気の中、適当に話を合わせて電車に揺られていた。
 多分、一つどころで勤勉に頑張っている人には分からないだろうが、転職を繰り返す人間には共通点がある。
 両極端な勤勉さといい加減さ。中身が空っぽで眼の笑っていない笑顔。
 人のことは言えないが、その男性も典型的なタイプだった。落ち着きがなく、常にソワソワしている。
 おそらく、当時の僕よりいくらか年上だったろう。なにか埃っぽい印象の人だった。
 面接が終わっても、せめて最寄り駅に着くまでは気を抜かない方がいいのだろう。普通、こういう人間には関わらないのが吉だ。
 スパイかも……と考えていいぐらいかもしれない。まあ、そんな大企業、僕が受けられるはずもないが。
「いやあ、今回もダメっぽいな」
 ――僕もですよ。
 似合わない笑顔を男性へ差し向けた。
 乗り換えの駅へ到着した。
 ――また、お会いする機会があればそのときは……。
 いかにもな社交辞令でしめようとした。
 きっと二人まとめて落ちるか、この男性だけが受かるのが席の山だろうと思っていた。
「あ、自分もここなんで降ります」
 ……ついてくんな。バカ。
 結局、二人で駅に降り立てば、空がやけに曇っている。
 今にも泣き出しそうで、参ったなと少し頭をかいた。
 乗り換えて自宅の最寄り駅まで30分、駅から自宅まで徒歩10分、都合40分は持ちこたえて欲しい。
 礼服を除くと一着しかないスーツだから、雨に濡れると非常に困る。傘の用意もない。
「雨、降りそうですね」
 空を見上げて男性が言った。
「家まで遠いんですか?」
 ――ここから40分ぐらいですかね。
 それを聞くと男性は手を口元に当て、しばし考え込み出した。
 なにを考えてるのか知らないが、車で送ってくれると言われても遠慮する。空が機嫌を直すまでお茶する気もない。
 僕は花も恥じらう乙女ではないが、嫌なものは嫌だ。
「40分ぐらいだったらなんとかなるか……」
 ――ハイ?
「まあ、頑張ってみます」
 ”頑張ってください”の間違いだろうか? ナニ言ってんだコイツ……?
 乗り換えの電車が到着した。
 ――あ、それじゃ。
 会釈して電車に乗り込んだ僕に、彼は笑って手を振り見送ってくれていた。

 *

 最寄り駅に着いたはいいが……急にポンポン痛い。
 駅のトイレへ駆け込み、個室は満室ですに殺意を覚え、最寄りのコンビニへ慌てず急ぐ。
 ――なんとか間に合った。
 面接とおかしな男性と自尊心の危機に疲れた僕は、コンビニを出たころには足取り重く、すぐにでもベッドへダイブしたい気持ちだった。
 自宅アパートが見えてきた。もう少し……そうなれば心なし歩く速度も早くなる。

 *

 溜めに溜めたといわんばかりの空が、もう限界とばかりに大泣きしていた。全力で自宅へ駆け込んだが間に合いはしなかった。
 一瞬でびしょ濡れになった僕は、風邪よりもスーツが駄目にならないか心配していた。
 ともかく風呂へ入り、それから冷蔵庫から出した缶チューハイを空けた。
(トイレに寄らなかったら間に合ったな……)
 ふと、男性が頭を過る。
<40分ぐらいだったらなんとかなるか>
 まさかとは思いながら、カーテンをめくった。
 通り雨だろうか、大粒の雨がオンボロアパートのトタン屋根を打ちつけて合唱している。
<まあ、頑張ってみます>
 男性の言葉を思い出し、首からかけたタオルで口元をぬぐった。
 案の定、面接には落ちたので、あの男性と再び顔を会わせることはなかった。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。