賢明な判断

 異主で書いた店長で、もう一つ話がある。
 もう五年は彼女がいないと、ある日店長が嘆いていた。
 そこまで年収があるわけではなかったが、ブチャイクなわけではない。
 各地を転々とする職だから、出会いがないわけでもないと思う。
 ――憑かれてるんじゃないですか?
 冗談で言う僕に店長は「わかってるんだよ」と、まさか肯定を始めた。
 転勤が決まってそれを機に別れた人がいるらしいのだが、それが原因だとまるで確証を持ったように話し始める。
 実は転勤がどうの……最もたる理由は口実で、ほかに別れたい理由があったらしいのだが、それはそれ。
 どうも、それから女運が悪いと感じていたらしい。

 *

 僕が店長と知り合う以前、ケータイで暇つぶしにしていたゲーム特化型のSNSで知り合った女性と懇意になったことがあるという。
 ただ、場所がかなり離れているので、実際に会うのは難しい。
 今度の転勤に相手方近くの店舗を希望地域として出してみようかなどと考えていたころ、しきりにその女性からメールが届くようになった。
 内容はと言えば「電話してもいい?」で、悪い気はしないものの、なにかと電話ができる状態ではなかったらしく中々実現にいたらない。
 そこからしばらくして、休日に買い物に出かけたときのことだ。
 買い物も済ませ、なんとなく駐車場で一人、車に乗り込みボーっとしていたという。
 ふと見ると、目の前にある車用の芳香剤が変に感じる。
 芳香剤のフタ付近に妙なリングがかけられている。
 最初は買ったときからついていたアクセサリーかと思ったが、どうにも様子が違う。
 指輪だ。
 なんでこんなものが……少し怖く思うと、電話が鳴った。
「もしもし……?」
 緊張を裂くコールに慌てて電話に出ると、相手はSNSで知り合ったその女性だった。
 初めて直に話せる喜びと、一人で怖い思いをし始めたタイミングに、突然かかってきた電話に気を悪くすることもなかった。
「女運悪いでしょ?」
 改めて行う自己紹介もそこそこに、突然、そんなことを店長は言われた。
 ただ、SNSの中で霊感があるもの同士が集うコミュニテイで知り合った仲だったので、不思議ではなかった。
「うん……まあ、大体予想はつくけどね」
 少し強がってそんな風に答えたという。相手の霊能力を疑ってかかったところもあるのだろう。
「指輪」
「え?」
「指輪あるでしょ。今、目の前に」
「あ……」
 正直、驚いたという。
「なにか目の前にない?」と聞かれたのなら、そこまで驚いていなかっただろう。
「ある」と答えれば「それはなに?」と続き、「それが原因」とこうなった。
 インチキ占い師や霊能力者がよく使うコールド・リーディングというもので、誘導尋問の延長線上にあるような安っぽい心理学的テクニックだ。
 ただ、その女性は店長からなにも聞き出すことなく、自分発信で指輪の存在を言い当てた。
「触らない……っ!」
 店長がケータイを耳に当てたまま、指輪に手を伸ばした矢先。電話口から強い口調がとどろいた。
 しばらくの沈黙。
 そのあとで、もう大丈夫と言われたという。
「大丈夫ってなにが……?」
「私のとこ来たから。凄い怒ってるけど」
 要約すると、その女性が店長に憑りつく元彼女の生霊を自分の元へと引き寄せたのだという。
「……この指輪って」
「元カノがまだ付き合ってる時に守ってもらおうと思ってコッソリ差し込んだらしいよ。香水? それ?」
「いや、車の……芳香剤の。これどうしたら」
「ああ、もう捨てちゃいな」
 そんなとんでもな会話が飛び交う中で、ふと前方に女性が立っているのが見えた。
 顔だけが、どんどん大きくなってこちらに向かってくる。
 緩やかに、それでも徐々に伸びがあるような気味の悪い加速はあっという間で……。
 ついにはフロントガラスをスッ……と突き抜けて店長の目と鼻の先に近づいた。
 元彼女に見える。
「こっち来た……」
 震えながら、受話器越しに店長は小さく伝えた。
 その瞬間、ぼんやりと立ちくらみのように目の前が薄ぼやけて異形な元彼女は消えた。
「後部座席でしょ?」
 電話口から帰ってきた答えに慌てて後ろを振り返る。異様に頭の大きな元彼女が座ってこちらを見ている。
「うん、後ろいる。座って……」
「指輪捨てられる状態になったら言って。私がまたこっちに呼ぶから」
 店長は車を発進させた。

 *

 生霊というのは”なにかが自分に向けられている”と感じることで、効力を発揮するものらしい。
 発信源が無意識であれ、実は発信源などあろうが、なかろうが第一条件はそこだという。
 店長が元彼女の存在を認識した瞬間に、霊感の強い店長はその姿を実際に見てしまったというのだ。
「本能的に弱い霊は、普段、見えないようにしてるだけだよ」
 異主で書いた店長の体質は、このときこの女性によって教えられた。
 ――凄いですねその女性(ひと)。本物じゃないですか? つき合ったんですか?
 店長は首を振った。
「しばらくして一回、メール入ったきり」
 ――前の女に憑かれるような悪い男性(ひと)とは関係持ちたくありません! みたいな?
 僕をねめつけた店長はこう言った。
「私には無理。これ(元彼女の生霊)はそっちに返すから二度と連絡しないで」

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ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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