男は黙ってテレパシー

 あまりに強い思いというのは、なにかしら現象を起こすのかもしれない。
 強い思いを残して死に行く者が現世を彷徨う霊となる、という考もあるようだ。
 強く念じることはテレパシーのように通じるかもしれないし、それこそ生霊となり得るかもしれない。

 ある仕事中、早く帰りたくて仕方がなかった僕がいた。
 なにもデートの約束があるわけでなし、どうしても行きたい店があるでもない。ただ、帰りたかった。
 とにかくある作業を終えれば帰れるところまできていたのだが、一人の先輩が作業場所を陣取っているせいで帰れずにいた。
 その先輩もなにも意地悪しているわけではなく、サボっているわけでもない。必要な作業をしているのだから、言うに言えない。
 さらに僕が抱えている最後の作業も、そこまですぐ終われるものでもない。
(弱ったなぁ……。それでも邪魔だな。どいてくれないかな)
 そんなことを思いながら、仕方なく少し離れた場所でしばしその先輩を傍観していた。
 先輩はといえば真剣に作業に取り組んでいるため、僕の視線になんか気づきもしない。
 誰か人に頼める作業でもなかったうえに、先に帰れるのは僕一人だったので、どうしようもなく時計ばかりを見ていた。
「あ、今誰か邪魔って言った?」
 先輩が急に口を開いた。
「ハ? あれ? 誰か俺に喋りかけた?」
 辺りを見回した先輩は、ほうけた表情で右に左に顔をやる。
 僕の方は見ていないし、僕も口に出した覚えはない。
 他の人間も、誰もお前に喋りかけた覚えなどないと首を振る。
「……あ、そう」
 あともう一つのところで、先輩は再び作業に戻り……。
「あ、俺もしかしてお前の心読んだ……?」
 僕の方を急に振り返り見て言った。
 今まで眼中になかったはずなのに。
 ――え? いや、先にやってもらっていいですよ。僕これで終わりですから。
 先輩はジッ、と無表情に僕を見据えて、間を置いた。
 なにかそれほど都合が悪いことでもなく、少し戸惑うようなことをお願いされたような雰囲気。それは、すぐに軽く首を振る仕草にかき消され――。
「先やってくれていいよ。俺、違うことしてくる」
 そう言うと先輩は、作業場をゆずりその場を離れた。

   *

 これはある種便利だが、一歩間違ってとても厄介なことになるなあ、と一人思いにふける。
 内容は詳しくないが、「サトラレ」という作品を思い出した。
 いずれにせよ、強い気持ちなど持ち合わせない方がいいのかもしれない。
 その時は、たまたまいい方向に転んだだけなのだから。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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