差異あり

 何度、数を数えても合わない。そんな経験もあるかと思う。
 もう二十代も半ばだったか、急な同窓会の話が舞い込み顔を出した。
 二次会、三次会ともなれば賢い女の子や、もう家庭のある身は自然と捌けていく。
 あとに残るは、遊びグセが抜け切れないアレな人間か、寂しい独り身ぐらいのもの。
 定番のカラオケで疲れの色も見え始めたとき、不穏な空気が流れ出した。
 ハッキリ物を言うことと、思ったことをただブチ撒けることは違う。要は誠意があるか、ないかの話だと思うが……
 帰りたいオーラ全開でトイレに立った。

   *

 自分たちの個室へ戻ると違和感を感じた。
 そこには、僕を含め計11人が居合わせた。
 相変わらず微妙な口論が続いている中で、タバコの煙がモウモウと立ち昇る。
 全員揃っている。
 にも関わらず、どこか欠けている気がしてならないのだ。
 僕がトイレから帰ってきてなお、それで終わらない雰囲気がある。
 まだ、誰かこの部屋の扉を開けて帰ってきそうな気がするのだ。
 そんなはずはないのだが、どうも気になって仕方がない。眼前で繰り広げられる喧嘩などそっちの気で、部屋のいたるところを見回していた。
 なにもお札が貼ってあっただの、受付時に人数を一人多く言われただのはない。
 薄い紫や緑がその色を切り替えながら暗い室内を照らす空間で、変に気分が悪くなって再びトイレに立った。

 用を足して男子トイレの扉を開くと、女子トイレの前ですすり泣く女性がいる。
 そのそばでなにか慰めている女性もいるのだが、困ったことに両方とも関係者だった。
 別段、二人は口論の当事者ではなかったが、一人は女性側の幹事だった。大方、責任を感じて泣いているのかと思った。
――何人部屋に帰るの?
 僕は聞いた。空気も読まず、おかしなことを。
「え?」
――ここにいる3人だけ? 今から部屋に帰るの? ほかに出てる人間いる?
 ぶしつけで見事に引かない僕の勢いに、
「多分、そうだと思う……」と、泣いていた方から答えをもらった。

   *

 先に部屋へ戻っていると、しばらくして件の2人も部屋へと戻った。
 これで11人きっかり。この部屋に収まるべき人間は、再度揃ったわけだが結果は同じ。
 あと一人……扉を開けて自然と入ってきてどこかへ座る気がしてならない。
 部屋の出入り口を見つめ、いつからかありもしないことを思っていた。
(いつ開く? 開くはずだろう……遅くないか?)
 もう誰も曲を入れないテレビ画面にループする宣伝映像も口論さえも耳へ届かず、一点集中に扉を見つめてばかりいた。
 同じ空間に居て別次元の感覚。どれぐらいそうしていたかは覚えていない。
 気付けば口論は収まり、皆、気まずい空気の中で帰り支度をしていた。
 出入り口で散り散りに去って行く中、自宅まで近かった僕は歩いて帰ろうとカラオケ店を振り返り見ながらしばらく立っていた。
「どうすんの?」
 声を掛けられて振り返ると、トイレの前で泣いているのを慰めていた方だ。
 ぶっちゃけ名前も覚えていない。女の子ならなおのこと、成長とメイクに面影などまるでない。
――近いから歩いて帰る
 言って歩き出すと、彼女は僕に歩を合わせ始めた。

   *

 帰りの道中、なぜあの子は泣いていただの、どうでもいい情報を聞かせてくれていた。
 そんな折、ふと聞かれた。
「さっき、なに見てたの?」
 ほうけたような表情を彼女に向けていただろう。彼女は僕が黙っていても続けた。
「ずっと扉の方、見てなかった?」
 しばらく沈黙した。どうせもう会うこともないだろう、僕は重い口を開けた。
――全部で11人いたでしょ? 全員揃ってるはずなのに、まだ誰か入ってくる気がして……。
 ふいに立ち止まった僕に合わせて、彼女も止まった。
 いくら見ても名前さえ思い出せない彼女は、まるで赤の他人に夜道の警護を頼まれたようでなつかしさはなく。
「あぁ……」
 どうともとれない言葉を吐き出し、彼女はスッと先に歩を進め出した。

 隣の芝は青い。急にいい加減に生きている自分にどこか嫌気が差した。
 きっと彼女はちゃんと勉強して、働いて、楽しんで、そのうち結婚して子を産み育て落ち着くのだろう。家庭を築く。
 僕みたいに「もう一人この部屋に入ってくるはず」などと、おかしなことを思わない。思っても言わない。
 まあ、聞き流してくれとあとを追う。

「あと10人は入ってきそうな気がしたよ、私」

 振り返り、当たり前にそう言った彼女の真意ははかりかねる。
 泣く同級生をなぐさめる気の利いた大人のことだ。
 顔も覚えていない失礼で頭のおかしな同級生に、気遣ってそう言ってくれただけだろう。

 そう願いたい。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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