僕の見る夢は、たいがいが意味不明で不鮮明。断片的にしか、その内容を覚えてはいない。
そんな中で、二度、三度見たことのあるような気がする夢がある。
*
葬式で焼香を上げるときに使われるような火鉢に、無数の細い棒状のものが刺され香を焚いているような空間。
ぼんやりと霧のように流れる煙が覆う中で、木のテーブルを前にイスに座っている。
まるで中国の昔話のような雰囲気、といえば伝わるだろうか。
目の前には木目調のお椀。ヤシの実を半分に割ったような形で漆で仕上げたような質感をしている。
添えられたスプーンは、異様に持ち手が長い。
僕はどうしていいか分からず、椀の中を覗き込む。
黄色身を帯びた液体が煮えたぎっている——
ブクブクと泡立つそれは、時折、痺れを切らして大きく膨れて爆ぜる。
僕はなんとか——そうしなければ、いけない気がして——その泡を食べようと、大きく膨らんだところを狙ってスプーンですくう。
が、決まって口元まで運ぶと、寸前で破裂して食べられない。
その度、弾けて割れた気泡に顔を攻め立てられては、ひどく熱い思いをする。
夢の中なので、実際の”熱い”という感覚とは違うかもしれない。何度も挑戦して、いずれは嫌になって投げ出してしまう。
——どうしていいか分からず、途方に暮れて目の前の椀を見つめる。
*
ふと前を見ると、ヨレたタンクトップ姿の老人。ちびまる子ちゃんのお爺ちゃんを強面にしたような男性がいて、泡をすくっている。
彼は途中で破裂させることなく、泡を口の中へと運び込む。噛み締める度、炸裂音がして苦しそうな顔で悶える。
梅干とレモンを一度に口へ入れたように、顔を思い切りしかめては悶える。机につっぷすようにして拳を握り締め、身体を震わせながら、なんとか耐え忍んでいるのだ。
また泡をすくって、苦悶して——同じことを繰り返す。
異様に長いその舌は、ひどい火傷を起こしベロベロにめくれて痛々しい。
それでも彼は行為を止めようとせず、淡々と繰り返す。
僕はその男性に、
「泡を食べなければいけないのか?」
「どうすれば、上手く食べられるのか?」
アレやコレや聞くが、なにも答えてはくれない。
できの悪い新入社員にそうするように、無視を決め込む。
そこからまた何度か自力で泡を食べようとするが、幾らやっても上手くいかずに泡は途中で弾けて飛ぶ。
その間、半分は意識があるのか「起きろ! 起きろ!」と必死に念じるが、どうにも目が開かない。
諦めて席を立ち、ぼんやりとどこかへ向かう途中、
「おい!」
それまで無視されていた彼に、声を掛けられる。
振り返ると文字通り煙に巻かれた彼が決まってこう言う。
「また、おいで。今のうちにできるように」
”また、おいで”その部分だけが少し優しく、そのセリフを聞けばそこで目が覚める。
*
目を覚まし、しばらくはぢとりと冷たい寝汗と不安に絡みつかれるその夢は、なぜかすでに数回見ている気がする。
冒頭に記したように、二度、三度見た”ような気がする”のだ。
ただなんとなく。
本当に、ただなんとなく。
地獄というのは、ああいうところなのかなぁ……と考えた。
自らにかせた拷問を、突き動かされるようにただ永遠と繰り返す。
終わりの見えない単純作業を、諦観の念とともにただひたすらに。
やらなくてもいい辛く苦しいことを、「いいんだ……」と自ら進んで行う。
それでも結局は、自分の知らぬところで操作されているような、気づかないだけでやらされているような。
姿の見えぬ監視役に気づいていながら、認めていないような。あくまで、自らの意思であるとしているような。
そんな僕が感じたことも実は、「感じさせられている」ことだとすれば……?
「今のうちにできるように」
悲しいかな、僕の地獄生きが早々と決まっていることになる。
僕は初めのうち、彼に出会うこともなく、椀を目の前に立ち去っていた。
それが、次には彼の真似をして泡を食べようとし、次には彼に会う前に自ら食べることを試みているする——気もする。
生前のうち、その作法に慣れておけば、地獄では労せずしてデカイ面ができるだろうか?
期待のホープとして特別扱いを受けているのか、それともただの事前講習だろうか。
新任研修を終え、一人立ちして互いに食べさせ合うころには、こうして誰かの夢で教える立場になっているのかもしれない。
まあ、行ってみなければ分からない。そのときはあの”先輩”にお世話になろうと思う。