緊縛祀り上げの法

 大手飲食チェーン店や小売業の店長職というのは異動がつきものだ。
 僕があるところで働いていたとき、長い間、新任店長と顔を合わせるタイミングがなかった。
「君、大丈夫?」
 はじめましてに、返ってきた第一声がコレ。いくらバイトに手を出すことしか考えていない転勤族でも、あんまりなご挨拶だ。

   *

 なんだかんだ二人で、出かける関係になっていた。近くに知り合いもいないバツつきの独身男だったから、ヒマだったのだろう。
 将来は居酒屋をやりたい。ある日、二人で飯を食っていて店長は、夢を語り出した。
 話半分で聞いていたが、どこかいい居酒屋か気の利いた小料理屋を知らないか? 京都ならあるだろうと突っつくので、ここら辺だったらどこそこが……
 顔色が変わった。
 そこにいくまでの道のりに嫌な場所があるという。
「いや、まあ頭おかしい人の話だと思って聞けよ」
 言うや否や店長は、身振り手振りに説明を始めた。
 いわく、母方の家系に高名なお坊さんがいるらしく、その血か小さなころは相当霊感が強く苦労したとのこと。
「そういう話」僕はちょっと意地悪を置いて、
「ああ、まあ信じなくていいんだよ」
ーー嫌いじゃないから大丈夫ですよ?
「うん、まあ。視えるって言われても信じないんだけど。ここら辺、龍神さん祀ってるとこないか?」
 思い当たる神社、仏閣はいくつかある。とりあえず頷いた。

   *

 前任の店舗も関西だったらしい。京都は初めてとのことだそうだ。こちらに転勤が決まって引っ越しをしたその日のことーー
 カーナビを頼りに、会社が社宅として借り上げたアパートを目指していた。
 道中、どうにも運転席から見て右側が嫌な感じのする。
 綺麗に真円を作る満月が光る夜道にどことなくはやる気持ちを抑え、吹き出していた汗に気のついたのは信号待ちをしているときだった。
「ドン!」
 車の天井がベコンとへこんだぐらいの音がして、車体が大きく揺れた。
 普通なら驚き見上げるところだが、そこは霊的なものに日常悩まされてきた人間のこと。
 現世のものではないと感じて、気付かぬフリを決め込んだ。ややフライング気味に走り出す。
 するとすぐに右上から闇が被さり、フロントガラスを真っ黒に埋め尽くしたというのだ。
 目をつむったわけではない。急に怒鳴りつけられたようなすくみがあった。
 危うく事故になりかねない状況に、ハザードをたいて路肩に車を駐めた。
――なにか見たんですか?
 そういう僕に店長は首を振る。
「俺の場合、二十歳ぐらいからなにかのきっかけで弱い霊は見えないようになってんだよ」
――見えないなら、まあ……
「でも、強烈なのは認識した時点で脳にイメージとして入り込んでくるんだ」
どうやら、”見る”ということとは少し違うようだ。浸食されるように、強制的に、視覚とはべつのところでその存在を認識させられるという。
「龍……俺が思う龍神が分かりやすい姿で現れたのか知れないけど」
 とてつもなく大きな龍が車を覆うように、とぐろを巻いてズルズルと動いていたという。
 生臭いにおい。打ち上げられて死んでいるフナがうず高く積み重なったような表現の記憶。
 右側から大きな大きな黄色い目がこちらを睨んでいた。
 恐らく、その首は車の進行方向と同じところを向いている。
 ただ、目だけがギョロっとこちらを睨めつけて動かないというのだ。
――それで、どうしたんですか?
「事故覚悟で走ったよ。しばらく前、見えてなかったけどな」
 曇りガラスが徐々に明けるようにしてなんとかアパートを目指し、こちらへ赴任してきた。今さら異動を拒むことなどできないのは重々承知で、上司に泣きつこうかと思ったという
――なにか、龍神さんに恨まれることでもしたんですか?
 いや、いやと店長はかぶりを振って、少し間を置いた。
「その近くで龍神……祀ってるとこ知らない?」
――僕もあまり詳しくは……
 一度訪ねて見るのも縁と考えているのだろうか、そこでこの話は終わるとも考えた。
「あれ、祀ってるというか……無理やり抑えつけてるだけのような気がするんだよ」
 気になることを言うもんだから、色々と突っ込んだ。

   *

 いわく、あれほど怒ってる形相は、確実に正しく祀られているものではないと言う。
 よくは分からないが、ある場所に逃げられないよう据えつけられて、強制的に主扱いを受けて苦しんでいるのではないかというのだ。
「満月の夜はまだ大丈夫なんだよ。向こうもこっちもパワーがあるから」
 女性が満月を見るのはあまりよくないと聞く、刺激が強すぎて妊婦なんかは絶対に避けた方がいいそうだ。
「新月ならヤバかったよアレ。こっちのパワーだいぶ弱まってるから……」
 閏年の満月の日に産まれたAB型のRHマイナスで左利きの人とかと知り合いになりたいなー、なんて思っていて、
「喰われてたかも」
 店長が吐き捨てるように言った、
 満月で自分を抑えつけるなにかから少し解き放たれた龍神が、助けを求めにきたか、あるいは助けられないと感じた瞬間に取って食おうとしたと主張する。
 霊力豊富な人間を取り込みパワーを蓄え、呪縛されているその土地からいつしか逃げ出そうとしているのかも知れない。店長はそう語った。
――龍神さんからしたら、はた迷惑な話ですね。無理やり守護神扱いされて、
「う~ん。でもアレそのうちヤバいと思うんだよな。普段は、パワー吸い取られてる状態だと思うんから」
 京都は、色々と無理やりに気の流れを変えておかしくなっているところもあるという。
 それでも無理くり主として据えつけるなど、神を神とも思わぬ暴挙というか、神たるはそんなものというか……
――まあ、なんとも言えない話ですね
「絶対、組織的でかなり複雑で、代替えしてでも長いこと続いてるやつだよアレは。京都って怖いな」

 独特なクレームは再現すら自信のあって、聞いた試しのない鳴き声は想像もできないでいた。

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ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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