アンバランス

 歳を重ねると弱くなる。年々、弱ってくる。もう虫の息。常におねむ。
 あれだけ嫌がっていた病院にも、自ずから足を運ぶようになってしまう。
 そのときは耐えられない高熱に、歩いて15分程度の病院へかかろうとしていた。
 へえこら住宅街に埋もれたそこを目指している道中、女性がうずくまっているのに気づく。

「……ぃ……て……」

 こちらに背を向け、なにやらブツブツ呟いている。
 お生憎様。僕はゆで上がった脳ミソに思考回路がすっかりショートしていたので、足を止める気にもなれない。
 そもそも、そんな危なげな人に声をかけようとするご奇特も少ないだろう。

   *

 病院で点滴を打ってもらうと、嘘みたいに熱は引けた。
 薬をもらい、ややご機嫌に帰路を歩んでいて、さきほどの女性が視界に移る。
(まだ、いたんだ……)
 相変わらず電柱前でしゃがみ込んだ状態のままだ。
 気にしないようにしながらも、近づくにつれてどことなく視界の端には置いていた。
 ――至近距離。妙な違和感を覚える。
 まるでそれに支えられるようにして、左手に釣竿を持っている。
 夕方の住宅街に、若い格好の女性が釣竿とともに座り込む姿はあまりにも不釣合いで奇妙だ。
 確かにギャップとか相反の組み合わせ、アンバランスさは、ときとしていい結果を生むこともあるにはあるだろう。
 ロリ巨乳とかドMヤンキーとかは結構売れ……今度のは先進的が過ぎる。

「……ぃ…て……ぃて」

 女性の呟きが、大きくなった気がした。
 さっき釣竿なんて持っていただろうか? それどころではなかった。気にも留めていなかっただけかもしれない。

「……ぃて……み…て……みぃて」

 気味の悪さに視線を落としたとき、もう一つ妙なことに気づいた。
 靴がおかしい。
 Tシャツ、ショートパンツ姿のまだ若いだろう女性にあまりにも不釣合いな上靴。
 小学生が校内で履くような真っ白のゴムひものついたアレ。それも素足に履いているように見える。
 もはやシュール。なにプレイ? 僕そんな趣味ない。釣られない。
 釣り針がデカイとかではなくてエサを間違えている。てか、釣竿見えてる――女性を通り越えた。
 「みぃて、みてみて、こっちみてぇ! みてみてみぇぇえ」
 途中、唾の絡んだような叫び声に心臓は叩かれ、反射的に振り返った。
 
「ミルナ、シネ」

 なにをどうして欲しいのか。背中を向けたまま一言そうもらして黙りこくったあとで、女性は置物のようになった。
 湧き上がる整理のつかなさと、消化の追っつかないまま這いずり回るむず痒さ。
 少し唖然としたあとで、僕は家路を急いだ。
 そのまま、自宅に着くまで早足を緩めなかった。

 呪いか知恵熱か、帰宅して見事に熱はぶり返した。なんかもうナンセンス。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
某

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