性悪は誰の仕業?

 僕の周りは、姉さん女房をもらった人も多い。
 良妻賢母な素晴らしい女性から、まるで少女のような、ずっと女の子のままで、なにがなんでも女です、永遠の1○歳とやらまで色とりどり。
 で、旦那の友達としてお気に召していただけるのは、言わずもがなでやっぱり……

 僕の知人とは離婚したのでもうただの他人だが、サトミさんという人がいた。
 少々キツイ感じの人だったが、急に泣き出したり、旦那に「私は元彼が好きだ!」と言い出したり……うん。ただの情緒不安定なアイタタタだった。
 ある日、サトミさんの元旦那、というか僕の知人から連絡があって、あれやこれや話していると遅くなった。
「泊まってけよ」
 そう言われたので家にお邪魔させてもらうと、サトミさんが寝間着でゲームをしている。
「ああ、久しぶり。泊まってくの?」

   *

 インスタントラーメンを人の嫁さんに作ってもらいながら、後ろ姿に色々とふしだらをよぎらせていた。
 旦那の方は、寝ると言ってさっさと寝室へ引っ込んでしまった。信頼されているというよりは、面倒を押しつけられている気がしないでもない。
「アイツには言ってないんだけどさぁ……」
 サトミさんが呟いた。
(大方、事実上不倫なアレとか、誰それがオイタしてるところを見たとか……)
 サトミさんがラーメン鉢を僕の前に置く。鉢を抱え持った両手をそのままに、可愛気のない上目を僕に向けた。
 作ってくれたのはお湯を注ぐタイプではなく、鍋で煮るやつだ。湯気が高々と立ち昇っている。
――ナニコノ空気? 「なんか隠し事ナイ?」って、人の嫁さんにそんなのない。ないです。ないですよー……ないハズ。

 ズッ……。

 腕まくりするや否や、サトミさんはおもむろに手を鉢へ突っ込んだ。そのままグルグルとかき混ぜ始める。
 変わらぬ表情、回す手の二の腕をもう片方で掴むようにして淡々と続ける。素手だ。
 眼前に広がるおかしな光景――呆気に取られていると、サトミさんが鉢から手を抜いた。こちらを見やる。
「ね?」
 サトミさんの細っこい手を艶やかに光ってしたたり落ちるスープが、かなり深く手を突っ込んでいたことを証明してみせる。
 まだ余韻になだらかながら回される麺を見て、意味が分からなかった。

「どう思う?」
 そう聞かれてこう思う。この女、絶対頭おかしい。
 なんの嫌がらせかもう食えない。いや、問題はそこではない。
――なにしてんの……? 口を大きく開けた僕に、
「私、熱くないんだよ。おかしくない?」
 サトミエキス入りダヨー! 混ぜ混ぜサービス! これがサトミ流まぜそばなのだ! ってふざけんなBBA。
 すっぴんのどんぐり眼が、真っ直ぐにこちらをうかがっている。僕の返答を待っているようだった。
――攪拌……サービス?
「カクハン? だから熱くないんだって」
 少しだけ見つめ合う時間があった。
 試しに僕も少しスープへ触れてみる。が、声を上げてすぐに手を引っ込めた。冗談じゃない。とてもじゃないが、手を入れていられる状態ではない。
「でしょ? 普通は熱いって言うと思う」
 多分もクソもない。お前のAV紛いのビデオに出演した過去とか、仕事帰りにパンツ売ってください言われて5千円で売っちゃたこととかバラすぞ。

 サトミさんが今一度、鉢へ手を入れる。ズックと挿し込んで、しばらくそうしてみせた。
 いくら家事になれた女性でも、熱いものは熱いはずだ。この女、家事はほとんどやってないはず。それならなおさらだ。
 家事慣れした主婦でも、せいぜい鉢を持って移動することに耐えうるかどうかレベルの話だろう。中身ぐ~るぐるは次元が違う。

「口に入れたときはちゃんと熱いんだよ。あと、お風呂も熱い」サトミさんが手を拭って言った。
 聞けば全てを試したわけではないが、スープ系全般の温度を手から腕で感じ取ることができないらしい。
 いつからこうだったのかも覚えがないという。
「あのさ、旦那が”腰が痛い痛い”って言うから触ったのね。したら、そこも温度ないの」
――腰だけ?
「ううん。旦那が痛いって言うとこだけ」
 患部だけが、ラーメンスープと同じくなにも感じないらしい。
 ――それが、どうしたの?
「うん……コレなに? って思って」
 知るかバカ。ラーメン食わせろ。
「でね。最近、寝てる間に触ってったら大体悪いトコ分かんだよ。温度ないから」
――まあ、夫婦だったら毎日顔を合わせているわけだから、悪いところの一つや二つ……。
 そう言いながらも僕は、一つ屋根の下における勘がどうとか、日々の暮らしで垣間見る小さな変化とはわけが違うだろうことは分かっていた。
「べつに分かったからって治せたりとかはできないの。なにコレ? って感じ」
――ほかの人のは……分からない?
 サトミさんはかぶりを振った。
「かなり仲良い……ってか、私が一方的にその子のこと好きなんだけど、そういう友達のは分かる」
 あまり思い入れのない人のは分からないみたいだ。どうでもいいが、ラーメン食べたい。

 どこぞの霊能者でもあるまいし、心霊治療ができるわけでなし。悪いところが見つかって、結局のところ直すのは医者だ。
 それでもその話が本当だとしたら、自分の大切な人の悪い部分を見つけられるのだ。いい能力じゃないか、僕は賞賛した。
「触ってみようか?」
 サトミさんはそう言うが、それこそ僕は悪いトコだらけだ。病気が分かると弱っていくタイプなので、あまり見つけて欲しかない。
 ……もれなく温度を感じ取られても、それはそれでヘコむ。
 べつに人の嫁さんにそこまで大事に思われていなくて当たり前だが、なんだかヘコむ。
 そもそも、触ってみようか? のあと、なぜすぐに頭へ手が伸びてきたのか。
 ラーメン食べたい……

 お申し出は丁重にお断りして、その場は不思議だねなんて適当に切り上げた。

   *

 後日、そのことについて色々と当たって行く中で、ある人物にたどり着く。
 カリフラワーお化けだ(占い師の作り方ご参照)
 この前の饅頭を持ってこいというので、仕方なくそれを手土産に訪ねた。結構するんだぞアレ。

――これは、霊的なことですか?
 先日のサトミさんの件を聞いてみる。
「ああ、ソレただの地獄霊だから。その人利用されてるだけ」
 即座にこう返された。
 一瞬、地縛霊と聞き間違えて、家になにか悪いものでも憑いているのかと聞いたが渋い顔を向けられた。
「地獄よ、地獄。まあ、なんでもいいわよ。悪いやつら」
 ――悪いやつって……
「その人アレじゃない? 普段、怒りっぽいとかそんなんじゃない? アスラ(阿修羅?)系も憑いてるかもよ」
 確かに。サトミさんは言い方がキツイとかそういう類のものではなく、度を超えてふと信じ難い言葉を口にする節がある。
 その後、なぜか泣き崩れたり、自傷行為におよんだりするのだ。タチが悪い。
「アンタみたいに自然と根性がねじ曲がった人とは違うってことよ」
 ……僕のことはいい。人間的な問題はさて置き。
「その温度を感じない部分? 悪いところじゃなくて”悪くしてる”のよ」
 一縷の張ったように、繋がりが途絶えた。
 サトミさんが温度を感じないところというのは、人が生まれ持った先天的に弱い部分なのだという。
 ラーメンスープがどうのは分からない。ただ、地獄霊に利用されて人の弱い部分を見つけては、そこをさらに痛めつけているらしい。
 なぜ、思い入れのある人ばかりなのだろう? 無作為なーー無差別である方が、地獄霊にとっていいのではないのだろうか。
「知らないわよ。自分の大切な人が弱れば、弱るほど辛いでしょ? だからなんじゃない?」
 確かに。ニュースで知る見ず知らずの誰かが殺されるより、身近な人間が病に冒される方が辛い。
 それも大切な人であればあるほど辛く苦しい。一理ある。
「その大切な誰かさんを弱らしていたのが自分だったあ~、なんて気づくと余計に辛いわけよ。その仕込み段階みたいなもんでしょ」
 サトミに憑いている地獄霊とやらの狙いは、どうやらサトミさんそのもののようだ。
 しかし先天的に弱い部分とは? 誰でも持っているものなのだろうか……。
「うるっさいわねぇ。知らないわよ。姓名判断とか四柱推命とか色々あるじゃない」
 色々な占いで出てくる「この年に生まれたこの人は、こういった病にかかり易い」的なアレか。
 でも、なにが目的なのだろう? ただ、悪いコトをさせたいのだろうか。その地獄霊とやらは……。
「負の感情が溜まるのよ! そしたら地獄に行きやすいからっ! アンタ金取るわよ!」
 ……アンタ地獄に落ちるわよ! じゃないんかい。アレは違うオバハンだ。

 サトミさんに憑いた悪い霊が悪さをしているだけで、詳しいことなんか分かりっこないとのこと。
 世にいう霊能力を有するもののほとんどが、この地獄霊に利用されてるだけでいいものではないという。
「悪いのが狙うのは、か弱くてあんまり賢くない素直な人よ」
と、いうことらしい。

 まあ、あのときサトミさんに触られることを拒否したことだけは、正解だったと言える。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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