チューニング

 小学生のころ、放課後に男女数人で誰もいない教室に残ってお喋りするのが楽しかった時期があった。
 僕のロクでもない人生で、ほんのひと時、手放しで幸せだったと言える時期かもしれない。
 昨日見たテレビの話、学校の七不思議、誰のことが好きだ? コックリさんやろうよ……
 ひどく時代性にありがちで、他愛もなくて――

 そのときは僕を含めた6人ほどだったと思う。女の子が2人いた。
 女の子の片割れ。仮名もクソも本名を思い出せない子。
 家庭の事情で引越しを繰り返すような子だった。他府県からきたからか、どうも雰囲気が違って大人っぽい子だったことを覚えている。
 その子は、いつも取ってつけたような微笑を浮かべていた。
 大人しかったが、イジメらるようなこともなく過ごしていた。ただ、
「あ、」
 そういうと教室から窓を見つめる。
 僕らが放課後の教室でワイワイやっていると、時折、彼女はこうやって明後日の方向を見て止まる。
 そのときだけこしらえもののような微笑みが消える。
 みんなお喋りに夢中で、そんな彼女の様子を大して気にしていなかったように思う。
――なに見てるの?
 一度、僕は聞いた覚えがあるが、答えてはくれなかった。

   *

 あるとき、みんなから「なに見てんの?」「教えて」と口々に聞かれたものだから、彼女は困り果ててこう呟いた。
「ユーレイ……」
 絶対ウソだとはやし立てたが、彼女はムキになるわけでも、悲しそうな顔をするでもなかった。変わらず微笑んでいる。
――どんな幽霊?
 僕がそう聞くと、彼女は目を丸くしてちょっとうつむいた。

 僕が学生の時分、まだ小学生でメイクをしているような子はいなかった。彼氏だ彼女だも、ほぼないに等しい世界だ。
(お化粧してるみたい)
 僕は、いつも彼女にそう思っていた。
 実際、していたのかもしれない。ただハッキリとした顔立ちだっただけなのかもしれない。
 彼女の母親は若くて派手な人だった。当時から人の心に土足で踏み込むきらいのあった僕は、「化粧してるの?」と悪びれなく聞いて、彼女を困らせたことのあったような……
「お母さんが無理やり……」
 そう答えられた記憶がある。

「見せてあげる」
 無理やりではなかった。
 彼女は、微笑みを笑顔に作り変えて僕の目の前に立つ。
 人差し指以外で拳を握り、差し出すように言う。
 言われた通りにすると、彼女も同じ手の形を作って対面へ差し出した。
 ――人差し指を重ね合わせる
 やけにひんやりとした感触だった。女の子の手はそんなものかもしれない。
 一旦、僕を見た彼女が、笑い、グラウンドの見える窓に首だけをやった。
 つられて同じ方向を見た。アッチ向いてホイのように。見ろ、ということだったのかもしれない。

「俺も!」
「私もやって!」
 周りが騒ぎ出す。
 同じように、彼女は指を重ね合わせた。
「すげえ!」
「なんか浮かんでる! あれ幽霊?」
 聞かれて彼女は、黙って微笑んでいた。
「これずっと、幽霊見えるようになるの?」
 誰かが聞いて、彼女は首を横に振った。

   *

「あんまり遅くなると怒られるから」
 誰かのそんな一言で、僕らはランドセルを背負い込んだ。
 一番早く道の別れる彼女に手を振り、残ったみんなで再び歩き始めて僕は口を開いた。
――怖くなかったの?
 前を歩いていた数人が立ち止まり、振り返った。
「なにも見えてないよ」
 驚いた。
 子供ながら転校を繰り返すカワイソウな少女の嘘につき合おうと、みんな演技をしていたのだ。示し合わせもせずに。
「なにか見えたの?」
 聞かれて僕は、慌ててかぶりを振った。
 ピアノ線を張ったような、僕と前を歩く数人とがどこか区切られたような、同じ空間にいることの気まずさを覚える一瞬が流れた。
「でも、またやってもらおうよ。アレ」
 男の子の誰かが言った。
 なんで? 女の子の誰かが言って、手、触れるからと恥ずかし気に男の子が冗談を飛ばした。
「サイテ~」
 全てが気遣いで作られたような一幕に、僕は一足遅れていた。

   *

 波長が合ったのか、ついなのか、確信犯的なものか――
 どうでもいい。
 彼女のせいでおかしなことばかりが起きる人生になったとして、恨むつもりもない。
 もう二度と会いたくないばかりの不毛な人生だ。
 でも、彼女にはもう一度、会いたい。

 僕は見た。
 彼女と指先を合わせて窓を見たとき。

 真っ逆さまに落ちていく真紫色した顔の人を。

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某

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