ホールの向こうはナンデスカ?

 穴があれば入りたい。挿れたい。
 なぜ、あのときあの穴に挿れ……入らなかったのだろうと思う。違う世界が開けたハズなのに。

 僕がまだ幼稚園に上がるか上がらないかぐらいのころ、母と近所の公園で遊んでいた。
「知らん人についてったらアカンよ」
 そう言い残して、母は突然どこかへ消えた。
 仕方なく一人砂場で遊んでいると、声をかけられた。
 同い年か少し年上に見えた。男の子だった。
「落とし穴作ろう」
 人見知りは激しかったが、押しにも弱かった。
 一人で遊ぶのも飽き始めていた僕は、見ず知らずの彼と一緒に落とし穴を作ることにした。
 その子が誰かの忘れ物だろうスコップで一心不乱に穴を掘って、僕はその様子をただそばで見つめていた。
 一通り掘り終えたあと、どこから持ってきたのかその子が新聞紙を穴の上に被せる。
「こうやって上に乗せて、その上からまた砂かけるんだよ。そしたらバレない」
 頭いいなと思った。今にして思えば、ただのアホだが――

「あ、お母さんきた! またな!」
 落とし穴が完成してすぐだった。その子は迎えにきた母親とおぼしき人物の元へ駆け寄っていく。

 落とし穴だけが残り、またも訪れたつまらない時間にどうしようかと砂場に座り込んでいた。
 自分のお迎えはいつくるのかもしれない。
 ――落とし穴を見る。
 いくら知恵をしぼってみても、そこは子供の浅知恵。はみ出した新聞紙に薄く砂が盛られているだけのもの。
(引っかかったら、どうなるんだろう?)
 どうせ、次はいつ会えるのかも分からない子だ。もう二度と会わないかもしれない。
 誰かが罠にハマったことにすればいい――
 僕は、落とし穴に片手を突っ込んだ。
 瞬間――
 シュッ、と新聞紙が引っ込み、土の重みで穴に吸い込まれていった。
 ――空だった。
 カラではなく、ソラ。
 砂はハラハラと落ちて、気ままに漂う新聞紙の行方を目で追っているとやがては消えた。
 青い空と雲。
 ビルが立ち並び車が走っていた。
 どこか、遠い世界に思えた。

 映るもの全てが現のお年頃。
 見たいように映っているのか、映るものがただそう見えているのか、夢か幻かも考える知恵もない。
 ただ、見たいものを見る。見たいから見る。それが憚られることもない。見た事実は、まだ怒られない。
 分別のつかないお年頃。

!」
 穴から強い風が吹き上がり、僕の前髪を浮かせた。
 振り返ると母が立っている。
「勝手に出ていったらダメでしょ!」
 僕は、母が怒っている意味が分からなかった。
 勝手に置き去りにされたから、待っていただけ。
 なのに……
 母の口ぶりからして、母が洗濯物を干している間に僕がいなくなったらしい。

 今、考えてみても正直なところ分からない。
 僕は一人で勝手に出歩くような根性のある子ではなかった。小さなころはべったりの甘えたで、それこそ置いて行かれようものなら、泣き喚いて必死であとを追いかけたハズだ。
 きっと、”また”捨てられるようなハメになることには人一倍敏感だった――
 勝手に出歩くようなマネも、母の姿が離れて大人しくしていることもまずない。
「帰るよ」
 母に手を引かれ、僕は公園をあとにした。

   *

 寝起きにこの出来事が、断片的に脳裏をかすめたとき。
 一人、件の公園へ足を向けた。
 幼児の妄想だったのかもしれない。
 砂場へ着くと、忘れ物の赤いスコップがあった。
 どこまで掘ってみても、ただ砂と土しかなかった。

 ――どこかで。遠い世界で。
 ファフロツキーズのように、あの新聞紙は舞っていたのだろうか?

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某

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