烏匠

 烏が、鳴いたら……帰れない。大体、お仕事。
 実家住まいだったある日、帰宅すると玄関に見なれない虫カゴがあった。
 黒タピオカが、たぷたぷ水面に浸かっている。
 なんだコレ……これ……なに? ねえ、なんなの? ナンデスカコレハ? なんですのん?
「お帰り。さっきそこの田んぼいってきてな、持って帰ってきた」
 ママンが言った。どうでもよくないことだ。
 ――母上、坊はこれがなにか知りとうございます。
 母は、あっさりと言った。
「カエルの卵」

   *

 僕の母は少し変わった人で、平たく言えばまあ不思議ちゃんだ。……BBAを指して用いる語句ではないが。

「さっき、全部金色の鳥見た!」
「修学旅行でUFO見た! 足生えてた」
「河童は絶対いる! だって、テレビで河童のミイラみたもん!」
「なんで天狗って空飛べるん? 鼻長いし?」

 まあ、なんて素敵な発想。ごっついメルヘン。豊富で突飛で独創的で――濃い。胸焼けする。
 以上をもって今回の奇特な行動は、我が母において不思議はない。が、今回ばかりは卒倒しそうだった。
 ……カエルは無理だ。両生類、爬虫類、昆虫全般キライ。
「卵から孵るトコ見たいね~ん。いつ足出よるかなぁこれ? なあ、いつ足出るん?」
 知らない。知りたくもない。
 頼むから捨ててくれと懇願する僕に、母は虫カゴを抱えて「イヤ!」の一点張りだった。
 ○すぞBBA。

 下手に、上から、あの手この手で説得を続け、親相手に泣きの一回を懇願している気になる。
 これほど諦めてくれないことも、諦めなかったこともなかったが、なんとか了解を得た。
 せめて、足が出たら田んぼに返そう、と。
 もう必死のパッチ。

   *

 せっかくだから田舎の田んぼに放流したい。
 そう母が言い出したものだから、仕方なく僕は身支度を整えていた。
「あ、やっぱ今日は止めよ」
 いざ行こうとすると、母がゴネ出した。
「カラスいっぱい鳴いてるわ」
 カラスが鳴くと人が死ぬ。
 そんな迷信を母は熱心に信じていた。
 絶対に今日、近所の誰かが亡くなるから、このまま足を運ぶとトンボ返りするハメになるという。
――そんな簡単に人殺したらいけません
 もう日を改めるのが面倒なうえ、半端ないお玉じゃくしの成長速度に気が気でならなかった僕は玄関に手をかけた。
「あ、開けん方がええて」
 母が言い終えたとき、僕はもう玄関を開けていた。

 家の目の前にある電柱の電線上、一列に整列した大量の烏。烏。烏。
 一斉にけたたましい鳴き声を上げて騒ぎ出したかと思うと、一瞬のうちに飛び立った。
「ほらあ……」
 母が呟いた。黒光する異様な光景が目に焼きつき、呆気に取られる僕のうしろで。
 今日は止めておこう――それが、僕の答えだった。

 その日、確かに近所で人が亡くなった。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
某

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