ピーピーおじさん

 小学生のころ、「ピーピーおじさん」と呼ばれる地元でちょっとした有名人がいた。
 おじさんと言っても、もうおじいさんに近い。正体は学童擁護員で、いわゆる緑のおばさんの男バージョン。”緑のおじさん”だ。

 いつも怖い顔して、ことあるごとに胸からぶら下げたトレードマークのホイッスル笛を鳴らす。
 だから、ピーピーおじさん。
 児童が交通ルールを守ろうとしなかったとき、あざとくそれらを見つけては笛を鳴らす。
 言うことを聞かなければ問答無用で追いかけてきて、もう一度正しい交通ルールでやり直しをさせられる。女の子も、教師でさえも例外はなかった。

<ピーピーおじさんの子供は、交通事故で死んだ>

 嘘か誠かそんな噂も耳にした。
 そんなピーピーおじさんの姿を見なくなったのは、突然だった。

   *

 いつもピーピーおじさんが立っていた場所には花が置かれた。笛の音も聞こえなくなった。
 それから、付近で交通事故が多発するようになった。
「ピーピーおじさんの呪いだ」
 子供たちはこんな噂で騒いだが、真実は全くの逆で「うるさいジジイがいなくなった」と横暴な運転をする車両が増えたのだ。
 今思えば、当時は整備が行き届いておらず、見通しの悪い、信号もない危険地帯だった。事故は交通強者側が不利なんて世論もまだ浅い時分。
 実質、年老いた学童擁護員たった一人の力に頼り切りだったのだ。誰も、なにもしていなかった。

   *

 ピーピーおじさんが生きていたあの時代、あの地域で小学生だった人間は、今でもあの道を「ピーピー道路」と呼ぶ。
 今では地元のごくごく限られた一部にしか通じない隠語となってしまった。
 ピーピー道路を通る度、つい花の有無を確認してしまう。新しくきた”ノンピー”おじさんも、登下校に付き添う保護者も若い教諭もピーピーおじさんの変わりは果たせなかった。
 生きている人間の声では、生きている人間に到底太刀打ちできなかった。

 聞こえる人間にしか聞こえないどこかのホイッスル音に、守られている自覚もなかった。卒業した今はもう聞こえてこない。
 自分だってみんなが言うように一度は聞いたことの気のする。

 ――ホラ! ピーピーの笛だって!! このリズム

“ピー! ピピピピピッ! ピィーーー!!”

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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