スーパージャンプ

 小学生男子のバイタリティというかなんというか……とにかく、それは凄いものがある。
 本気でカメハメ波を出そうとしていたし、自転車一つでどこまでも行こうとした。
「火」に異様な魅力を感じて百円ライターを持ち歩き、都合が悪ければなんでも燃やす。とにかく燃やす。
 ……魔法使いにでもなった気か。
 今時の小学生は……多分、男はさして変わりない。進化がない。成長しない。女子は知らない。
 実家の近所は僕が小学生のころ、まだ田畑が広がっていたが、集合住宅もそれなりに立ち並ぶ場所だった。

 その集合住宅の屋上から隣棟の屋上に跳び移るという遊びが流行ったことがある。
 今思えば、一歩間違えば普通に死ぬ。
 学校は魔の巣窟だ。なにが流行るのか、誰が流行らせるのか分からない行為があとを絶たない。
 それでも怖いものなどなかった時代。「どこそこの団地の屋上がヤバイ」などと情報交換しては毎日跳びまくっていた。
 ヤバイのはお前たちだ。なぜそんなことが流行るのか。
「スーパージャンプ」
 意味不明な自殺未遂をこう呼び、飽きもせず毎日のように行っていた。なにが「スーパー」なのか。
 あの日までは……。

   *

 ご大層に区切ったが、バカが一人、飛び切れず落ちただけだ。
 僕はその現場にいなかったが、奇跡的に一命は取り留めた。
「無理やり飛ばされた」
 おそらく、問い詰められての苦しい言いわけだろう。多分、自らの意思で飛んでいる。いやさ確実。
 田んぼを燃やしておいて「寂しかったから」などと、平気でのたまう脳回路の魑魅魍魎だ。
 この一件がPTAに知れ渡ると、スーパージャンプはこれを直ちに全面禁止された。
 当たり前だ。どこぞの未開部族の成人儀式でもあるまいし。全校集会で「スーパージャンプ」を口にする校長先生は、なんだかシュールだった。
 ただ、やるバカは止められても決して止めようとしない。バカだから。
「アレ、人死んでるぞ」
 どこかで誰かが兄や上の代からそう聞いても、誰も間に受けなかった。僕たちにそれを止めさせる嘘だと思ったし、どちらでもよかった。

   *

 ある日、いつものように4人でスーパージャンプに興じていた。
 これは、基本的に一人ずつ順番に跳んで行く遊びだ。「同時跳び」なるパターンもあったにはあったが、上級者向けだ。なにが上級者か知らないが……。
 ただ、僕たちも多少これに飽き始めていた感があった。いい案はないか意見を出し合った結果、目を閉じてやろうと誰かが言い出した。
 しかし、そればかりはさすがに危ない。
 嫌がった人間も出てきたし、新入りもいたので、跳んだ人間が着地点で目を閉じ、背を向けて待っていることにした。
 これなら危険度はさほど上がらないし、いつ後続が跳んでくるか分からない楽しみがある。
 順番は入れ替えればいいだろうということになって、スーパージャンプfeat.お目めつむって待ちましょうは開演した。
 一人目が跳んだ。
 跳んだ人間は、ルール通り背を向けて待っているとその近くに着地するように二番手が跳ぶ。
ダン!
アスファルトを強く踏み鳴らす音とともに、両足を踏み揃えて平地に降り立つ。
「おおぉーー! 怖ぇええ!」
 一番手が声を上げてその楽しさを伝えてくれた。
 僕も順番がきて跳び立った。
 同じく僕より先に跳んだ人間が声を上げる。
 わくわくして最後の人間が跳んでくるのを待っていた。
 ドン!!
 僕のすぐそばで大きな音がして、心臓をたくし上げる。
(これは楽しい……ッ!)
 目を開けた。そばにはすでに跳び終えた人間しかいなかった。
(アレ? 音したのに)
 他の人間も目を開けて不思議そうにしている。確かに着地の音は聞こえた。
 見ると向こう側で一人まだ残っている。
 なんだまだ跳んでないのか、そう思ったとき、
「飛べないよ」
 最後の一人が弱々しく言った。
 目を閉じて跳ぶのを嫌がった新入りだ。
「早く跳べよー」
 誰かが言ったとき、
 ドン!
 こちら側へ誰かが降り立つ音がした。全員、顔を見合わせた。
「ねえ、跳べないよ。コッチきて」
 新入りは、まだ向こうでグズっている。
 ドン!
 また、音がした。
 ダン! ドン!
 誰かが悪戯にその場で足を踏み鳴らしているのだと、全員が騒ぎ出した。
「早く、跳べ!」
 怖くなった僕たちは、向こう側の新入りに口々に催促した。もう、この場を離れたかった。
 ダン! ドン! ドン! ダダン! ダン……
 明らかに十ではきかない数のこちらへ降り立つ音が、重なって聞こえ出した。
 止まらない。鳴り止まない。まともに聞こえる。
「跳べないよぉ……」
 か細い声をかき消すように悲鳴を上げた僕らは、新入りを置き去りにして逃げ去った。
 後日談――。
「あのなあ、アレ本当に死んでるぞ」
 大人になって地元で働いていたとき、小学校の先輩にあたる同僚から聞いた。
 先輩の代で実際に死人が出たらしい。イジメられっ子が無理やりやらされて、向こう側へ飛び切れずに落ちたということだ。
 事故の扱いだったらしいが、嫌がる背中を押した人間がいるらしく、ほぼ殺人だと先輩は言った。
 件の事故が起きた集合住宅の場所を、先輩は頑なに教えてくれなかった。
 青ざめた先輩に、そのとき現場にいたのでは? という、疑念がよぎる。背中を押したのも……
 後年、先輩は現場に居合わせたことを白状した。
「俺は見ていただけだ」と、強要もしていないし、背中を押していないと強く否定した。
 亡くなったのは、そのとき参加していた誰かの弟だということだ。背中を押したのは兄ではない。
 先輩は、ここまでで口を閉ざした。
 ことの真相は分からないが、一つ気になることがある。
 あの日、僕らが鳴り止まない音におびえて逃げ帰った日――
 置き去りにした新入りは誰が連れてきたのか、誰も名前も知らなかった。

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ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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