誰がために塩は煤ける

 商売をやっているわけではないが、実家のお隣さんはたまに玄関へ盛り塩をしていた。
 実家住まいのときは、人の葬式から帰ってくると留守番の人間に玄関で塩をまかせてから家の中へ上がっていた。
 凶事を避ける一種の民間儀式みたいなものだろう。
 ……母に大量の塩をブチ撒けられて、「ワシャ鬼か!」と父が泣きながら怒っていた記憶がある。
 「砂かけババア」と揶揄して、それまで笑っていた母にブチギレいかれたが。

 家を出ると普段は気楽でいいが、こういうとき非常に困る。
 葬式から帰ってきても家の中から塩をふってくれる人間がいないのだ。
 どちらかといえば大して気にするタイプではないが、小さなころからの習慣は”やらない”ということがなにか気持ち悪い。
 そのときは参列前にハタと思って、頭を悩ませていた。参列自体を止めちゃう選択肢は、過ぎってどうにもマズイ。

 仕方なく家の中を漁っていてオブラートが出てきたので、それに塩を包んで持っていくことにした。

   *

 参列を済ませ、誰も待っていない自室の前に立つ。
 懐に忍ばせたオブラートを取り出した。なんだか社会常識のあるみたいで、ちょっぴり嬉しい。
 ……式の最中、肌身離さず持っていたコイツを振り撒いたところで効果はあるの知れないが。

 ――どうにもおかしい。

 色が変わっている気がする。
 座り込んで、丁寧にテープを解いて……
 ドス黒く変色した塩が、その姿を現した。
 なにをどうすれば、あれだけ混じり気のない白だったものが、短時間でここまで黒くなるのか。踏み抜かれた雪のようだ。

 代わりに悪いものを吸ってくれたのだろうか? はたまた悪いものを捕まえてきてしまったのか……
 人間、ことを起こしたり、思案するときは最善と最悪の結果を思い浮かべるもので。たいがいは中途半端な結果に終わるのが常で。

 気味の悪くなって、当時、住んでいたアパート二階のバルコニーから、オブラートの端をつまんで捨てた。
 塩はハラハラと闇夜へ溶け込んだ。

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某
ヤレバデキルコモドキ科。@032nanisorebou3
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