欲張りな結果

 夜寝る前、部屋にコップ一杯の水を置いておく。

 朝起きたときにコップの水が減っていれば、その部屋にはいい霊がいる。
 逆にコップの水が増えて溢れていたら、悪い霊がいる。
 こんな話を知人のヤマザキから聞いた。
 いい霊はそこに留まろうと水を欲するという寸法らしいが、

「なぜ、悪霊は水を増やすのか?」
「悪霊は水なしに留まれるのか?」
「もし水が減ってこぼれていたら?」

 そんな疑問は、「知らんがな」と一蹴された。
「お前やってみろよ、んで教えてくれ」
 自分では怖くてよくよくできないと言うヤマザキには悪いが、残念ながら試す気になれない。
 そもそも、夜に寝ることがあまりない。まあ、夜でなくていいのかもしれないが。

   *

 ある朝、先祖の墓参りへきていた。
 近いところに住んでいたときは、気が向けば特別用事も信仰心もなく足を向けていただけだが。
 先祖の墓前に線香を上げ、火を点けたタバコを供え、コップの水を入れ替える。
 僕はとんでもない罰当たり者だと思うが、手を合わせたあとで墓に腰かけ一服するのがお決まりになっていた。
 人様の先祖に顔を、我が先祖に背を向け、ぼんやり煙を吸い込んでは吐き出し……。
 ふと振り返ると、コップの水が減っていた。
 ……確実に八分目まで入れたはずだ。半量以下になっている。

 何度見したろうか? どう見てもこぼれた形跡も、初めから少なかった記憶もない。
 猛暑だったので新しい水が欲しかったのだろう、いい霊だと無理やりに自分を納得させた。

 家に帰り、寝る前にコップ一杯の水をテーブルへ置いた。
 ヤマザキの話を試してみる気になったのかもしれない。

   *

 数時間後にふっ、と目を覚ますと、もう外は暗くなり出していた。
 水のことを忘れていたわけではないので、すぐにテーブルに目を向ける。
 コップは見事、空になっていた。
 水は……全てテーブルにこぼれている。
 どう解釈していいのか分からない結果だった。コップは――倒れることなく立っていた。

――コップ空になって水全部こぼれてたんだけど。
 数日後、ヤマザキと顔を合わせた僕は聞いた。
「知らんがな。それよりも俺、この前久しぶりに家族で墓参り行ってな」
――ああ、墓参りに行って、そのとき入れ替えたコップの水が……
「手ぇ合わせて帰ってきたら、ばあさんに”それ隣の墓や!”言われてな」
 僕のコップの水に関わる二つのエピソードを潰すように被せてきたヤマザキに、僕は押された。
 ……なにをどうしたら間違うのか。
「ヤマザキが隣り合わせで二つあんねん! 右や思てたんや俺も親父も!」
 見ず知らずの墓を参ってきたらしい。隣の先祖ガン無視で。
「一升瓶で上から酒までぶっかけてもうたがな!」
 先祖が浮かばれない。
 祟られる。それ、絶対祟られる。七代は祟られる。しかも二重で。先祖を無視した恨みと、人様の墓を汚した罪で。
「即効で祟られたわ! その日の夜、死ぬほどチ◯コ痛なったわボケ!」
 下腹部ではないが、腹は痛い。片腹痛い。
 子々孫々繁栄を阻止せんがため全力を上げたのは、きっとよそ様のヤマザキ家ではなく、自らの血筋だと思う。
 笑う僕に目を細くしている次期ヤマザキ家当主へ、今一度問うた。

 ――コップが空になって水全部こぼれてたんだけど。いい霊なの、悪い霊なの? どっち?
「どっちもいるんとちゃうんか?! どっちゃでもええわ!」
 確かに――僕はもうどちらでもよくなっていた。
 自分が先祖を間違えずに墓参りできて、先祖が水を飲んでくれたのならーー
 それでよかったと思う。

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某
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