おもかる石

 石を持ってみて軽々と持ち上がればイエス。重くて持ち上がらなければノー。
 ニュアンスは多少違えど、そんな不思議な石が全国各所にあるというのは、結構、有名な話のようだ。
 僕自身も人生で二度ばかり体験したことがある。
 一度目はまだ物心つく前、母の実家がある三重県で、二度目は京都府は伏見稲荷でのことだった。

 後者の方は「おもかる石」ときちんとした名称があるらしく、石が二つあって願い事を念じて持ち上げた際、軽く感じれば叶う。重ければ願い事叶わないという寸法だ。
 ある仕事の休憩中、たまたまその場に居合わせたタドコロさんに三重での出来事を話していた。
 人間、なにかを聞かされると「自分はもっと凄い話を知っている」と変に対抗意識を燃やす生き物だ。
 タドコロさんは嬉々として「おもかる石」のことを教えてくれて、後日、連れて行ってもらえることになった。

 着いたのは真夜中だったが、守衛さんがウロウロしているぐらいで特に止められることもない。別段、時間に関係なく開放されているらしかった。
 千本鳥居と呼ばれる幾重にも連なった鳥居を歩いた先、件の石はご丁寧な説明書き看板と共に鎮座していた。
 一応、賽銭を投げ入れ「カワイイ彼女が欲しい」なる願い事を念じ、向かって右側の石を持ち上げる。
 ……どうにも重い気がする。一応は、持ち上がるが。
「いい仕事が見つかる」
 今度は、左側の石を持ち上げた。
 明らかにこちらの方が重い。
 なんだか微妙な気持ちになった僕は、「どう? なにをお願いしたんだ?」と聞くタドコロさんに条件は同じで続いてくださいとうながした。
 タドコロさんは明らかに右側、すなわち「カワイイ彼女が欲しい」の方が重かったと語る。
 ――こんなの無意識に力が出たり、出なかったりするもんですから
 結構、本気でうなだれているタドコロさんを慰めながら歩いていると、千本鳥居を出た直後に異様なにおいが鼻を刺した。
 臭いわけではないが、雨上がりのにおいをもっと甘くしたような……なにとつかないにおい。
 ――なにか変なにおいしませんか?
 そう聞く僕にタドコロさんは、「俺もにおう」と言う。
 車を止めていた場所へ着くと、もうそのにおいは消えていた。
「ここで鬼ごっこしたら楽しいだろうな」
 守衛さんの懐中電灯の光に照らされて眩しそうにしているタドコロさんが、おもむろに口を開く。
 絶対バチ当たるだろソレ。神隠しにあっても知らねえぞ。
 止めましょうよ、軽く笑いながら返した僕にタドコロさんは、
「いなくなっても分からんなぁ……」
 そう呟いた。

 後日、家でボケーっとしていると電話が鳴った。
「今晩ヒマか?」
 相手はタドコロさんで、なにをそんなに気に入ったのか……また、伏見稲荷に行こうというのだ。
 べつに一度行った切りでいいとは思わないが、正直、そんなに頻繁には……と、いう感じである。やんわり断りを入れた。
 ……なんかヤな予感するし。
 また今度にしましょうよ、べつのトコにしませんか? 僕が難色を示してもタドコロさんは一向に引こうとしなかった。
「鬼ごっこしよう! な?」
 ……出た。
 なにをかいわんや、やっぱり僕と関わりをもとうとする人間は、ちょっとオカシイ。いや、だいぶキテる。
 ホントにやるのかとそれでも渋る僕に、タドコロさんは急に困ったような声を出した。
「いや俺も冗談でさ、知り合いに話したら乗ってきたから……つい、行こうって」

 結局、僕とタドコロさん、タドコロさんの知り合いのカナさんナオコさんの4人で深夜の伏見稲荷へ向かった。
 なぜかカナさんはお供えすると言って、うどん用の味付け油上げを持ってきていた。
 ……色んな意味で、アホ扱いされたのは言うまでもない。
 最初は例のおもかる石をやっていた。
 タドコロさんが「カナちゃんは俺が好き!」とか言っては、「ビクともしねぇ!」なんてキャッキャッやっていたが、それも飽きだしたころだ。
「じゃあ、鬼ごっこやるか!」
 そうなったものだから、内心、帰りたいモード全開となった。
 こうなってはタドコロさんが、ただカナさんと遊びたかった口実にしか思えない。見るからにクソビッ……素敵無敵な女性だし。
 最初にきたときに石が持ち上がらなくてへこんでいたのも、きっとカナさんと付き合えると念じたからだろう。
 と、いうか、「いなくなっても分からんもんなぁ……」の一言が犯罪の香りさえ漂わせる。
 タドコロさんの計画的な犯行に付き合わされるのもなんだかな、と思った矢先、ジャンケンで負けてしまった。よりにもよって鬼。
 追いかけるのが大変なので隠れんぼにしましょうよ、そう僕が提案したので変更となったのが唯一の救いだ。だって、ここ何気に土地広いし。
 十秒数えて振り向くと、暗闇に誰もいない。
 まさか小学生のアレではないが、こんな所で置いてけぼりを食らわされるんじゃないだろうかと少々焦った。
 まあ、その素振りは見せたところで、実際にはしないだろうと適当に歩き出す。
 相変わらずおかしなにおいを感じさせる千本鳥居を抜けウロウロしていると、木の陰に隠れているカナさんをすぐに見つけた。
 この女アホすぎる。もとい素直すぎるだろうと捕まえたカナさんとウロウロしていて、
「お前ら、いい雰囲気すぎるだろう!」
 タドコロさんが自ら出てきた。二人目のアホ発見。
 もはや隠れんぼなどどうでもいいタドコロさんに背後から迫られ、若干引き気味のカナさんに肩を掴まれ――背後霊というか、金魚のウンコ二匹。アホ列車の完成。
 ――ところが、三人目のアホが見当たらない。
ナオコいないねぇ……」
 そう呟いたカナさんは、「なんか寒い」と組んだ腕をさすり出した。少しばかり伝染した不安に駆られる。
 同じところを何度か歩いたものの、あまりにも姿が見当たらないのでカナさんに頼んでナオコさんに電話をしてもらった。
「あの子、電源入ってないんだけど」
 さすがにヤバイことになった、とタドコロさんも少し焦り出した。焦った”だけ”だが。
「ちょっとお、どうしてくれんのよ!」
「俺!? これ俺かー? なあ、俺かー!?」
 タドコロさんに詰め寄るカナさんもどうかと思うが、タドコロさんの無責任さもどうしたものか。
 もうこうなってしまえば、なにもかもが怖くなってくるもので、時折、吹く風の音にさえ敏感に反応するようになる。
 もう一度、おもかる石のある場所まで戻ろうと千本鳥居の前まで来たとき――。
 あの「におい」が、強烈に鼻を刺した。
 矢継ぎ早なそれは、気づいたときには蔓延していて、取り囲むような渦の中に置かれていた。
 過呼吸にも似て、それでいて脳の奥深くで発生しているような……それが、次から次へ鼻へと抜けてくるような――。
 電気信号で動くただの脂肪の固まりが、流し込まれ続ける別枠からの信号、そのアプローチに戸惑い、抗えず、受け入れることもできないでいる。
 涙ぐみそうになって、目眩のしそうな気のした。コメカミの辺りがヂンヂンと痛い。
 ――ちょっと。
 振り返ると、うしろで二人はボロボロと泣いていた。
「涙、止まんないんだけど」
 タドコロさんは、鼻をすする。
 ――これ、なんのにおいですかね……凄くないですか?
 カナさんは首を横に振るばかりで、嗚咽に止まらず、ついにはむせ込みだした。
「俺、吐きそうなんだけど……」
 力なく震える声で話すタドコロさんも、相当にキていた。
 とりあえず、この鳥居を抜けておもかる石のところまで行こう、それでナオコさんが見つからなければ守衛さんに話してみようということになり、僕らは手で鼻と口を防ぎながら歩を進めた。
 鳥居の途中でカナさんはお供えと称し、味付け油揚げを撒いていた。
 と、いうよりは、地面に二枚ほど投げ捨てただけだが。
 結局、鳥居を抜けてもナオコさんの姿は見当たらなかった。カナさんはおもかる石に「ナオコが見つかる」と念じて持ち上げていた。
「全然、重いよ!持ち上がんない!」
 わめきながら、何度も賽銭箱に小銭を入れて同じことを繰り返している。小銭は十円以上を入れている様子はない。選んでのかい……。
 守衛さんも見当たらない。また鳥居を抜けて車まで戻ろうと僕は提案した。
 あのにおいを嗅ぐのが嫌だ、カナさんが渋ったが、かといって、ここに置いてけぼりにされるのもゴメンだと止むなく着いてくる。
 ところが、鳥居の前まできてみて、今度はあれだけ強烈だったにおいがしない。消えている。
 暗闇の中で三人、思わず見合わせたが、しないにこしたことはない。
 隙間から見える木々をどことなく不気味に感じながら鳥居を歩いている途中、カナさんが声を上げた。
「あ!」
 指差すその方向に、三角座りにうずくまっているナオコさんがいた。
ナオコ!」
 走り出したカナさんに気づいたナオコさんは顔を上げ、ハッとし、背を向けた。
「鬼ごじゃないから! 隠れんぼだから!」
 ……違うだろ。
 そこは、「私だよ、カナだよ!」じゃねーの? ああ、アレか。振り乱した長い髪が暗闇に怖すぎて、「鬼子」じゃないよー、って。鬼さんはだよー、って……。
 カナさんに気づいたナオコさんは、大泣きしながらカナさんへ走り寄り、抱きついた。
「怖かった!」
 ウェンウェン泣くナオコさんを尻目に、タドコロさんは怪訝そうな顔をしている。ここへきて名探偵気取りだった。臭い芝居顔。
「さっき歩いて来たとき、いなかったよな」
 確かに、おもかる石へ向かって歩いているときにナオコさんの姿はなかった。
「あんたどこいたの!? すっごい探したんだから!」
 ナオコさんはカナさんの胸に顔を押しつけたまま、
「ここ入ってから、どれだけ歩いてもずっと鳥居なの。横からも出られないし、引き返してもずっと出口なかったの……」
「変なにおいしなかった?」
 カナさんは、抱きついてるナオコさんの頭を撫でていた手で肩を掴むようにして胸から引き剥がした。
「べつに……しなかったけど」
 目を見合わせた僕たちは、においについて知りたがるナオコさんを連れて、とりあえず車へと引き返した。

 帰りの車中。カナさんは改めてナオコさんに聞いた。
「結局、どこにいたの?」
「ずっと鳥居の中にいたよ? ケータイも繋がんないし……みんな、もう帰ったのかなと思って」
「あそこ何回か通ったけど、アンタいなかったよ。ちゃんと出れたよ」
 運転しながら、”タバコくれ”と手で合図するタドコロさんに一本、手渡して僕も会話に入る。
 ――それで、ずっとあそこにいたんですか?
 ナオコさんはコクコクと首を縦に振りながら「あ!」と目を丸くした。
「座り込んで泣いてたら、甘い……変なにおいした」
 思い出したように言って、隣のカナさんへ振り向く。
「だから、そのにおいだよ。さっきから言ってんの。凄かったんだから」
「それで、顔上げたら赤い目したデカいのが鳥居の外からこっち睨んでて……そのあとすぐ、カナちゃんとかがきてくれてーー」
(それ、お稲荷さんじゃないのか……?)
 思って、少し寒気がした。
「なに言ってんの。怖すぎて夢でも見た? アンタどこでも寝るし」
「ホントに見たもん! でも多分キツネかな……お揚げさん(油揚げ)くわえてたし」
 ナオコさん以外の三人で、空気の繋がった気がした。
 ――暗いのに、分かったんですか?
 ナオコさんはちょっと首を傾げて、それでもうなづいた。
「クソデカかった」
 ……涙目で上目遣いに吐き捨てられても困る。やましい妄想しか起きない。
「そういえば、カナちゃんが撒いた”アレ”、帰りあった?」
 タドコロさんの言葉に思い出してみても、ナオコさんを見つけた安心感とにおいがしない不思議で、カナさんが撒いた油揚げのことなど気にもしていなかった。
「ホントに、お供えものになったんじゃないか……?」
 続けたタドコロさんに、カナさんは「私のお陰だ!」と妙に得意気で――。
 教えて、とせがむナオコさんと、言葉のなくなった僕を乗せて車は伏見稲荷から離れて行った。

 後日――。
 タドコロさんはカナさんにガッツリ振られた。
 神社で不謹慎なマネを企てたバチが当たったのか、どうかは知らない。
 まあ、タドコロさんの場合、違うところに原因があったと思うが……
 どちらにせよ、おもかる石は正しいという結果に終わった。

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