あちら様どちら様

 牛丼屋で一人モソモソ飯を食っていた。

 食べながらどことなく異変を感じる。昼時はすぎて、それでも客はチラホラといた。
 心なし周りの客が、ある方向を気にしているように思えた。
 気になって注目を集める先を探ると、一人の客だ。女性に見えた。
 食べかけが半分ほど残った器と割り箸をそのままに、カウンターに突っ伏している。
 空席を一つ挟んだ僕の右隣――
 なにも気にしていなかった。
 輝きの失せて、今にも千切れそうな長い黒髪が痛々しい。まるで腐った貞子だ。
 器を持ってかき込みながら、なんとはなしそちらをうかがっていた。と、カウンターから引き剥がされるようにして、貞子がムクリ起き上がる。
 ――目が合った。
 キューティクルの欠片もない中分けした髪から覗く充血して血走った目。黒ずんだ歯茎に慌てて刺し直したような歯。
 そのまま貞子は、ニタ~っと笑みを浮かべた。

 ……冗談じゃない。こう言ってはなんだが、飯がマズくなる。
 目が合って以降、明らかに僕はロックオンされたので、これはまずいと必死でどんぶりをかっ込んだ。
「ねえ、ねえ」
 おそらくは僕に発せられている言葉だろう。聞こえないふりをして、喉をつまらせ、飯を押し込み、水で流し込んだ。
 味気もなにもあったもんじゃない。


 立ち上がろうとカウンターに両手を突き、腰を上げたところで世界が遮断される。
 フルネームを、一字一句違えることなくハッキリと口にされた。
 知らない。こんな知り合いはいないし、名前の分かる携行品は身につけていない。知らないハズ……。
 つめ込んで膨らんだ口をそのままに、ゆるりと首をやった。
 上半身を軽く揺らしながら、そいつはこちらへ向けてニタニタ笑っていた。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
某

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