あちら様はどちら様

 平日の昼時も過ぎたころ、牛丼屋でお一人様をしていた。
 心なしチラホラいる周りの客が、同じ方向を気にしているように思える。気になって注目を集める先を探ると――
 一人の客だ。女性に見えた。
 食べかけが半分ほど残った器と割り箸をそのままに、カウンターに突っ伏している。
 空席を一つ挟んだ僕の右隣――
 輝きの失せて、今にも千切れそうな長い黒髪が痛々しい。まるで腐った貞子だ。
 アホのハムスターみたいに頬を膨らませながら、考えは”無”で横をうかがう。と、カウンターから引き剥がされるようにして、貞子がムクリ起き上がった。
 ――目が合った。
 キューティクルの欠片もない中分けした髪から覗く充血した眼。逆に血の気の引いた肉にとりあえず刺し直したような歯。
 そのまま貞子は、ニタ~っと笑みを浮かべた。

「ねえ、ねえ」

 おそらくは自分に向けられた言葉だろうから、さすがにビクリとして、それから無視を決め込んだ。

 フルネームをハッキリと口にされた。
 知らない。こんな知り合いはいないし、名前の分かる携行品は身につけていない。知らないハズ……

 上半身を軽く揺らしながら、そいつはこちらへ向けてニタニタ笑っていた。

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某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
某

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