お供養催促

 運転免許を取り立てのころ、練習がてら母と祖母を乗せてドライブしていた。
「伊勢街道に行こう」
 母の提案を受けてよく知らない道を走った帰り、「長野トンネル」に差しかかる。
 トンネルの入り口に掲げている看板には、
「青山トンネル」
 確かにそうあった。
 僕らが通ったのは「長野トンネル」であって「青山トンネル」ではない。
 その土地の地理に明るくない自分は分かりもしなかった。母も祖母も、そのときはさほど気にしている様子でもなかった。

 帰ってから気づいたのは、母だった。
 そういえば、と祖母に確かめたが、祖母も「確かに青山トンネルと書かれていた。でも景色は長野トンネルだった」と言う。
 とりあえず道は違うが、隣接するといえば隣接する実在するトンネルらしい。
ハナちゃんが呼んだんちゃうか」
 祖母がポロッと漏らした。
 青山トンネルで十年以上前に事故死した、縁戚に当たる人物がいるらしい。
 ここ数年、まともな供養もしていない。なにかしらのサインなんじゃないか? 祖母は誰にでもなく淡々と語っていた。

   *

 数日後——
 母と普段の住まいに帰っていて、夜中に「ゴホッ、ゴホッ」と下の階から聞こえる。急に咳き込み出したようだ。
 さほど気にも止めてずにいると、
「プルプルプル……」
 自宅の固定電話が鳴り出した。
(こんな時間に?)
 そんなことを思ってみても、どの道自宅の電話など取りはしない。電話はワンコールで鳴り止んだ。

  *

 翌朝、母が電話をしていた。
「昨日な、ハナちゃんが亡くなったときの夢見たんよ」
 寝間着のままだ。まくし立てるような口調で朝っぱらから、なんともな話題をやり取りしている。
「汗かいて飛び起きたら急に咳止まらんようなって、そこから電話一回だけ鳴ってな」
 どうやら祖母に昨夜の出来事を話しているらしかった。
「うん……そう……えー! お母ちゃんとこも?!」
 かたわらでインスタントコーヒーを淹れながら聞いていた。母が電話を切るのを待って改めてことの顛末を聞く。
「お母ちゃん(祖母)とこも同じ時間に電話鳴ってたらしいんよ!」
カップ片手に一拍を母に置いてから、一口すすった。それから母も飲むか聞いた。
「うちと違ってずっと鳴りっぱなしやったらしいんよ! 電話!」
 (電話に)出たの? 聞きながら、勝手に母の分のコーヒーも淹れ出した。スズメがやたらとうるさい。
「お母ちゃんは、そういう電話は出んに限るって……そしたらな! 横で寝てるはずのお父ちゃん(祖父)が寝言で、”電話出るなぁ、電話出るなぁ”って、ブツブツ言い始めたらしいねん!」
 ハナちゃんという人の供養に行った方がいいんじゃないかと考えた。そのままを口にする。
 母は近いうちに祖母と一緒に行くつもりらしい。ただ、また夜中に電話が鳴り出したらどうしようとソワソワしている。
 出なければいい。供養に行けばそんなこともなくなるだろう。そう言うと、母はウンウン頷いていた。
「すっかり忘れてたけど長野トンネル通った日、ハナちゃんの命日やったみたいやわ」

 安物のコーヒーに混じって、プンっと線香の匂いが鼻をかすめた。

The following two tabs change content below.
某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
某

最新記事 by 某 (全て見る)