お供養催促

 運転免許を取り立てのころ、練習がてら母と祖母を乗せ三重県をドライブしていた。

「伊勢街道に行こう」
 母の提案を受けてよく知らない道を走った帰り、「長野トンネル」に差しかかる。
 新トンネルが開通したことにより旧トンネルも存在する場所で、特に旧トンネルは心霊スポットとしてもそれなりに有名な場所らしい。
 トンネルというものは、たいがいその名称が双方の入り口に看板を掲げている。
 「青山トンネル」確かにそうあった。
 僕らが通ったのは「長野トンネル」であって「青山トンネル」ではない。
 その土地の地理に明るくない僕は分かりもしなかったし、母も祖母もそのときはさほど気にしている様子でもなかった。

 帰ってから気づいたのは、母だった。
 そういえば、と祖母に確かめたが、祖母も「確かに青山トンネルと書かれていた。でも景色は長野トンネルだった」と言う。
 青山トンネルというのは、これまた心霊スポットとしてそれなりに有名で……
 トンネルは多かれ、少なかれそういう噂が立つものだから割愛。
 とりあえず道は違うが、隣接するといえば隣接する実際に三重県に存在するトンネルらしい。
ハナちゃんが呼んだんちゃうか」
 祖母がポロッと漏らした。
 青山トンネルで十年以上前に事故死された、僕からすれば遠い親戚に当たる人物がいるらしい。
 ここ数年、まともな供養も行っていないから、なにかしらのサインなんじゃないか、祖母は誰にでもなく淡々と語っていた。

   *

 数日後――
 当時、実家住まいだった僕は、母と普段の住まいに帰っていた。
 夜中に「ゴホッ、ゴホッ」と下の階から聞こえる。どうやら、母が急に咳き込んでいるらしかった。
 さほど気にも止めず、仕事の資料をせっせと作っていると、
「プルプルプル……」
 自宅の固定電話が鳴り出した。
(こんな時間に?)
 そんなことを思ってみても、どの道自宅の電話なんか取りはしない。
 電話は、ワンコールで鳴り止んだ。

  *

 翌朝、母が電話していた。
「昨日な、ハナちゃんが亡くなったときの夢見たんよ」
 寝間着のまま、まくし立てるような口調で朝っぱらから、なんともな話題をやり取りしている。
「私、汗かいて飛び起きたら急に咳止まらんようなって、そこから電話一回だけ鳴ってな」
 どうやら祖母に昨夜の出来事を話しているらしかった。
「うん……そうそう……えー! お母ちゃんとこも!?」
 かたわらでコーヒーを淹れながら聞いていたが、母が電話を切るのを待って改めて顛末を聞いた。
――電話鳴ったの聞いたよ。起きてたから
「お母ちゃん(祖母)とこも同じ時間に電話鳴ってたらしいんよ!」
カップを持つ片手をしばし止めて母親を見た。
――そう
 一口すすって、母も飲むか聞いた。
「うちと違ってずっと鳴りっぱなしやったらしいんよ! 電話!」
 答えをくれない母をよそに、僕はインスタントコーヒーの角丸の四角い蓋を開けた。
――(電話に)出たの?
「お母ちゃんは、そういう電話は出んに限るって……」
 まぁ、昔の人というのは、ぼんやりと霊的な存在を信じているようで、触らぬ神に祟りなしというか――。
 半ばアンタッチャブルな存在として、極力関わらないようにした方がよいとしている節がある。奉るときあれば放り出すときもあるというか……
――(コーヒー)飲むの?
「そしたらな! 横で寝てるはずのお父ちゃん(祖父)が寝言で、電話出るなぁ、電話出るなぁ、ってブツブツ言い始めたらしいねん!」
 僕は、ハナちゃんという人の供養に行った方がいいんじゃないかと考え、そのままを口にした。
 母は近いうちに祖母と一緒に行くつもりだが、また夜中に電話が鳴り出したらどうしようとソワソワしている。
 出なければいい。供養に行けばそんなこともなくなるだろうと言うと、母はウンウン頷いていた。
 ハナさんが「長野トンネル」利用した僕らに「青山トンネル」を見せたのか定かではないが、忘れ去られると死人でも悲しいのは確かだろう。
 いないコトにされたり、いなかったコトにされるのは辛い。
 ……どうでもいいが、コーヒーを飲むのかどうかハッキリして欲しい。
「飲むわな!」
 唐突な逆ギレにブツブツ言いもってポットに鼻を垂らさせていると、母が思い出したように言った。
「すっかり忘れてたけど長野トンネル通ったあの日、ハナちゃんの命日やったみたいやわ」

 安物のコーヒーに混じって、プンっと線香の匂いが鼻をかすめた。

The following two tabs change content below.
某

ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
某

最新記事 by 某 (全て見る)