消えた花嫁

「本日籍入れました」
 人が、ブルブル猛威を奮うスギ花粉に悶えているところへけったくそ悪いご報告をくれたのはササキだった。
 当時、仲の良かったグループのうち二人が同時期に結婚を決めていて、片方のササキが先に籍を入れたのだ。
 祝いも兼ねてみんなで集まろうということになったのはその日の夜――

 ササキの横には、晴れて結ばれたアカネさんがいた。
 もう一方のニシノも奥さんになる予定のエリちゃんを連れ立って、満たされた様子だった。
 気恥ずかしそうにしているアカネさんは背の高い綺麗な人で、対象的にエリちゃんはどこかボンヤリとした印象の可愛らしい子だった。
 僕は二人と初対面だったが、他のメンツはすでに何度か顔合わせしているらしい。

 その日から二人は自然にグループへ溶け込む形となる。あまり顔を見せない僕と違って、ことあるごとにみんなで集まっては遊んでいたようだった。
 そんな中、夏も近づきバーベキューの話が持ち上がり、僕も顔を出すこととなった。
 いざ当日。帰り際になって生憎の夕立ちに晒されズブ濡れになってしまったものだから、全員慌てて車へ駆け込んだ。
くんこれ使って」
 ササキの車に一緒に乗せてもらっていた僕に、気を利かせてくれたアカネさんがタオルをくれた。夏のライブ会場で女の子がよく首にかけているような長めのスポーツタオルだった。
 とりあえず、各自、帰宅して風呂へ入ることにはなった。ただ、借りたタオルを車内に置きっぱなしというのもなんだ。流れで僕はそれを持って帰ってしまった。

 しばらくして、ササキに電話を入れる。
――多分、アカネさんのだと思うけど、どうしたらいい? 洗濯はするけど
 そう聞くと、受話器越しにササキアカネさんの会話がポツポツと聞こえた。
「また今度、みんなで集まるときにでも」
 ササキの返答に「じゃあ今度持って行く」言って電話を切ろうとした受話器の向こうから、
「いつでもいいよ。ありがとうって言っといて」アカネさんの声も聞こえていた。

   *

 それから、2ヶ月は経っていたように思う。
エリがみんなと遊びたがってるんだけどいける?>
 そんな連絡をニシノから受け、ちょうどいい機会に僕はタオルを持って行った。
 が、集まった先にアカネさんの姿はなかった。
――アカネさん今日は?
 タオルを手渡そうとしながら聞いた僕に、ササキは彫りの深い目を見開いた。
アカネさん?」
 悪い冗談だ。
 このササキという男、昔から突拍子もない嘘をつくようなところがあって、それだと思った。
 しかも、その場は押し通しておいて、次に会うときにはすっかり忘れてしまっているからタチが悪い。
 お前の嫁だろう、とササキへタオルを突きつけた。
 飼っている犬の名前が「レオナルド・ゴンザレス・ゴンザレス」だの、「生き別れた双子の姉がいる」だの……
「なに……タオル? これ誰の?」
 ササキは怪訝そうに眉根を寄せた。
 あくまでササキがそんな反応でも、僕は取り合おうとしなかった。
 散々、意味不明な嘘に騙され、振り回されてきたのだ。わけのわからんオオカミ少年など、とっくに人の信用を失っている。……僕自身、そういう節はあるが。
「いや、ほんとうに知らない」
 ササキは、言ってタオルを見つめた。そうだ。嘘をつくときは、いつもそうやって真面目な面持ちを作るのだ。
 こういう人間は、情景をスクリーンに描いて自分のついている嘘に自分自身が飲み――
「あ、それ私の」ニシノの腕に絡まっていたエリちゃんが片腕を伸ばした。「洗濯してくれるって言ってたね。よかったのに」
 そう言って手を伸ばすものだから、僕は思わずエリちゃんにタオルを渡した。

 ……確かにササキの車でアカネさんから借りたタオルだった。彼女から自分の物のように手渡されたものだ。
 百歩譲ってタオルはエリちゃんのものだったとしよう。だとして、ササキの反応が気にかかった。
「だから誰? その人?」
 あらためてアカネさんのことをたずねた僕に、ササキはイラ立っているわけではない反応を見せた。素を装っている風でもない。
――奥さんでしょ?
 そこまで言って見渡した周りは、一様に怪訝な顔が並んでいる。
 そういうノリはゴメンだ。場を流そうとしたが、いくつかの苦笑いと空笑いしか見られない。

 もしやのっぴきならぬ事情で成田離婚とかなのか?
 知らぬ間に帰らぬ人となったのか?
 僕に知られて、まずい事情でもあるのか?

 そう疑ったりもしたが、あまりにもみんなが真剣な顔をしているので、よく分からなくなってきた。
 内心、みんなが「ウソ、ウソ」と笑い出してくれるのを期待していたように思う。

「これカワイクない?」エリちゃんがニシノへ振り向き、タオルを広げた。
 ニシノは、視線を奪われるようにして笑顔を作った。
――アカネさんと籍入れたって連絡……
――この前のバーベキューも一緒に……
 僕は真剣にいつどこでみんなで遊んだだの、アカネさんが聞かせてくれた前職だの、趣味嗜好だの、彼女にまつわる事柄を身振り手振りを交え必死で説明し出した。
 タオルの柄の可愛さを説くエリちゃんの声が大きくなる。居合わせた誰かがタバコに火を点けた。

 制するようにササキが手をかざして、僕は口を結んだ。
アカネさんって誰?」
 言葉が浮いた。渇いた言い方だった。ササキの眼に映る自分が不安になった。
 そんなハズナイ。
 ササキは、空っぽに僕を見ていた。
 いよいよわけが分からなくなってきた僕は言葉に詰まって考えを巡らせたが、なにをどう考えてもこれは別の人の話ではない。
 そうこうしているとエリちゃんが、
「これは、私がササキくんに貸してて……それをくんが使ったみたいで、洗濯して返すからって」
 褒めちぎっていたタオルを、おどろおどろしいもののようにこちらへ向ける。
 記憶をたどった。どこをどうたどっても、僕はササキの車の中でアカネさんからタオルを手渡されている。
――ササキに電話したとき、アカネさんの声もしてたし……
アカネさんなんて知らないよ。結婚するの私とニシノくんだけだし、籍もまだ入れてないし」
 エリちゃんにそう言われて僕は押し黙った。
 理由は分からないが、出会ってしばらくの間、エリちゃんは僕の存在自体を訝っていた。
 それを肌で感じていた僕は、彼女に苦手意識もあってもう口を開けなかった。

   *

 後日、僕はいつも写真を撮りたがるニシノにバーベキューの写真がないか聞いた。
 どうにも納得がいかなかったのだ。が、あの日は撮っていないという。
 いわく、撮ろうとしたら雨が降ってきたからみんな車に駆け込んだのだ、と。
 それ以前の写真を全て見せてもらったが、アカネさんの姿は一切無かった。
 当時はガラケー全盛の時代で、SNSもないに等しかった。アカネさんの証拠がない。

 ――顔が、出てこなくなっていた。アカネさんの。
 声や仕草や思い出せない。ササキの隣にいた……ような気がする。

――エリちゃんは、ニシノの彼女だよね?
「誰それ? エリちゃんなんていないよ……大丈夫?」
 完全に固まった僕に、ニシノは写真を指差して笑った。
「嘘だよ。エリは俺と結婚する人だよ。ちゃんと映ってる」
 そう言われればそうだ。
 今の今まで写真に映るエリちゃんをこの目で見ている。

「でも、アカネさんはホントに知らない」
 そう言って顔を曇らせたニシノに僕は苦笑いしか返せなかった。

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ヤレバデキルコモドキ科。口は災いの元が学べない。
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