神様に噛まれたことがあるのだと、マレーシア人のDさんは教えてくれた。
それは今から十年近く前、友人宅を訪れた時のことだそうだ。
トイレで用を足していたDさんは突然の激しいノックの音に驚いた。ノックに続き、
「大丈夫? ちょっと、ねえ! 早く出て!」
友人の悲痛な叫びも聞こえる。何事かと急いで服を整え、ドアを開けるや否や友人が縋りついて来た。
「大丈夫だった!? 怪我はない?」
自分は無事だと言い何とか友人を落ち着かせようとしたのだが、友人はDさんの腕を掴んでギャッと悲鳴を上げた。
歯型のようにも見える、鮮やかな青色の傷がくっきりと腕に残っていた。
「ごめんね、言い忘れてた。この時間はトイレ使っちゃいけないの」
午後五時半を僅かに過ぎたその時間。マレーシアでは此の世と彼の世の境が曖昧になると言われている。友人の住んでいた地域では、その時間になると家の中で一番小さな部屋に神様が来ると信じられていたそうだ。
「私の故郷では神様じゃなくて悪霊だって言われてたけど」とDさんは言う。
Dさんの腕に噛みついたのは、果たして――