不思議な獣の匂い

【ハンドルネーム】
 はしもん

【体験談】
 場所は、東京のとある葬儀場とだけ記載させて頂きます。

 私の家系は元を辿ればどこかの将軍に仕えていた武士の家系だとかで、本家と分家があります。
 私の家は分家に当たるらしく、私は本家の人とは数年に一度会うか会わないか程度の関係でした。
 仕事で東京に住んでいた頃、本家の一人が亡くなったとの連絡を親から受け、家族の代表として私が葬儀に行くことになりました。
 受付を済ませ、会場に入った瞬間、異臭が鼻をつきました。
 ずいぶん洗っていない犬というか……獣臭いような匂いでした。
 それも一瞬のことで、気のせいかとも思いながら席に着きました。
 分家の分家のようなものなので、一般の人の席に着きましたが、着いた時間が早いせいか、前の方の席になりました。

 しばらくして、年配の僧侶が若い僧侶を二人連れて入って来ました。
 読経が始まった後、静かに読経を聞きながら、その合間に聞こえる赤ちゃんの鳴き声、誰かの咳の音、すすり泣く声をぼんやりと感じていました。
 読経が始まってから何分経ったのか。
 最初は、視界の陰に何かがチラチラと映る程度でした。
 そして、泣き止まない赤ちゃんの声。
 何だろうとできるだけ静かに頭を上げ、周りをそっと見ても何もいません。
 疲れ目かと思ってまた静かに前を見ていると、また先ほどと同じ異臭を僅かに感じました。
 先ほどよりも、少し匂いが強いような気がしました。
 また、赤ちゃんの鳴き声。
 何故か、上の方から聞こえて来るように思えました。
 静かに頭を動かして、僧侶の上辺りの天井を見てみました。

 最初は、それがなんだかわかりませんでした。
 子猫より少し大きな塊が複数、天井に張り付いて動き回っている。
 その塊から、鳴き声が聞こえていました。
 それに気がつくと同時に、獣臭い匂いが濃くなりました。
 誰もこの状況に気づいていないのか。
 少し首を巡らせて、周りを見渡しました。
 皆静かに前を向いたり、俯いたりしています。
 家族席の人達は何も感じていないようでした。
 不自然にならない程度に、後ろを見てみます。
 一般席の真ん中から後ろの方に、私と同じように顔を上げてきょろきょろしている人達が何人かいました。
 獣臭い匂いが、強くなりました。
 前を向き、僧侶達を見ても、彼らは変わらず読経を上げています。
 僧侶も、気づいていないのか。
 僧侶の後ろ姿に目を凝らすと、年配の僧侶の後ろ頭にうっすら汗が浮かんでいました。
 天井を這い回る影と鳴き声、獣の匂い。
 それはずっと、読経が終わるまで続きました。

 読経が終わり、親族の挨拶が始まった頃、匂いも影も薄くなっていました。
 列席者達が前に進み焼香する頃には、何も感じなくなりました。
 線香の香りがするだけです。
 私の焼香の番が回って来たとき、親族の顔をじっくりと見てみましたが、暗く沈んだ顔で立っているのがわかるだけで、気づいていたのかはわかりませんでした。

 親族の人にそれを問いただすのも憚られ、そのまま挨拶をして帰りました。
 あの葬儀に現れたものは何だったのか。
 亡くなった方に関係があるものなのか、それともその葬儀場に関係があるのかも聞けないままです。

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