表札

「貴志って書いて『きし』って読む苗字。珍しいでしょう?」
山田さんは向かいのお宅のことを話してくれた。
「昨年引っ越してきたの。とっつきづらいお宅でねぇ。ご主人が無愛想なのよ。けれど、あの事件のときからは、それはもう気の毒で、気の毒で」
 三ヶ月前のことだった。
「ある日ゴミ捨てに出たら、向かいの貴志さん家の表札に瑕がついてたの。前の日にはなかったのに、変ねぇって思って……」
 貴志の『貴』の文字に、ナイフで雑に彫ったかのような瑕がついていたという。
『潰』と読めたそうだ。
 山田さんが指摘してあげると、向かいのご主人は「誰の悪戯だ」と眉をひそめていた。まるで山田さんが傷をつけたような言い草だったという。
「それでもご近所の、判子屋さんを教えてあげたの。ちょっとだけ高いけど、腕はしっかりしてるわよって」
 貴志さんのご主人は一応礼を述べると、不愉快そうな表情のまま「高いのか……」と呟いたそうだ。

翌週、貴志さんの娘さんが交差点で信号待ちをしている時、よそ見運転をしていた軽自動車突っ込んできた。右足を切断するという大事故に見舞われたという。
車の下敷きとなった右足は、完熟して落下した柿のように潰れていたそうだ。

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。

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