堀越君が高校生の時の話だ。
彼の地元は新潟県だが、「新潟の最果て」と堀越君が表現するくらい田舎だったそうだ。
塾の帰りだった。
繁華街にある塾からバスで一時間半。
ほぼ終点である最寄のバス停に到着し、堀越君は歩いていた。降りる人は堀越君だけだ。それぐらい田舎だ。
街灯は少なく、人もいない。
冬の寒さからか、少ない住民もみんな家に篭っている。
深海を思わせるような静かさだった。
寒さに震えながら家路を急いだ。
狭い道路を、チョウチンアンコウのように輝くバスがのっそり横を過ぎていく。
堀越君は携帯から顔をあげた。
バス後部座席の窓に女性らしき何かがべったり貼り付いていた。
胸元を真っ赤に染めたワンピースを着ていた。
耳から上が切断されていたが、口は何事かしきりに叫んでいるように開閉していた。
それは見えないせいか、しきりに窓を引っ掻いていたという。
堀越君は携帯に視線を戻し、『僕は何も気づいてません。知りません』と念じながらバスをやりすごした。
高校卒業まで二度とそのバスに乗らず、自転車で三十分かかる最寄り駅を利用したという。その後は上京し、街には年に二度の帰省のみだ。
今ではその町を通る路線バスも廃線になったそうだ。