成田さんの職場は新宿某所にある。
それまでは喫煙可だった職場フロアも人が増えたことにより完全分煙になったそうだ。
多々見られる光景であるが、狭いベランダが喫煙スペースとして与えられた。
「まぁ……しょうがないですよね。昨今の風潮ですもの」
けど吸いながら作業した方が絶対効率いいんだよなぁ……と成田さんはボヤく。
年末のことだった。
その晩も成田さんは輝く都庁方面を眺めながらタバコを吸っていた。
虫が視界を横切るように、フッと目の端に動くものが捉えられた。
三つ隣のビルの屋上だった。
目を凝らすと白いなにかが踊るようにゆらゆらと揺れている。
成田さんはビニール袋が風に舞っているのだと思った。
しかし不思議だった。
タバコの煙は一直線に上にのぼる。冬の凍てつくような冷たい風は吹いていない。
ビニール袋はゆらゆらと、屋上の端の、大通りの明かりが届く場所に移動した。
さらに目を凝らした。
長い髪が見えた。
白いものは経帷子――死装束だった。
幸いなことに、顔は見えなかったという。
不幸なことに、その白い影は移動を止めた。
いや移動を止めた風に見えただけだった。大きさがゆっくりと増していく。
――近づいている。
成田さんはタバコの火を消した。フロアに戻る際振り向くと、その白い影は両手を万歳の形に広げ、隣の屋上まで近づいていたそうだ。
以来、夜は会社でタバコを吸わないことにしているそうだ。