東京郊外に住む理沙さんが徒歩10分のスーパーへと歩いているとき。
夕暮れまでは幾分早い時間だった。
早道を通ろうと、舗装されていない道へと足を向けると、黄色い帯が木と木の間に「立ち入り禁止」と垂れていた。
だが視線を道の奥へ向けても、異変は見られない。
樹木は並ぶものの鬱蒼と茂っているわけでもない、見晴らしは悪くない道だ。
ひょい、と立ち入り禁止の帯を跨ぐ。
たぶん木が倒れやすいという、注意喚起の類いだと思った。
倒れてきた木がたまたま自分に当たる、そんなことはないと信じた。
どうせ1分足らずで通り抜ける道。
一歩踏み出すと、ずしんと頭が重くなった。
(あれ)
周囲に膜がはられたように視界がかすむ。
突然に起きた自身の体調の変化に理沙さんはとまどい、来た道を引き返すか逡巡した。明日は休めない用事がある。だけど冷蔵庫は空っぽ。
まとまらない思考のまま足を進めていると、かすむ視界とよどむ意識の中、違和感があった。
(何だろう……)
違和感の正体はお地蔵さんだった。
よく通る道だから覚えている。
脇には膝くらいの高さのお地蔵さんがあった。由来は知らない。いつからあるかもわからない。
顔の形もわからないくらい擦れている様子からずっと昔からだろうと感じていた。
その地蔵の首が上からどこにもなかった。
禍々しさに思わず背筋がゾッとする。
自然に壊れたとは思えない、作為を感じる切り口だった。
そのまま地蔵の前を通り過ぎる気持ちにはなれなかった。
本能的に理沙さんが道を戻ろうと身体を反転させると、目の前に老人が正座している、と理沙さんは思った。
――違った。
背は曲がり、まだな白髪に隠れた顔は幼子のものだった。節々は皺だらけなのに頬はつるりとしている。
正座しているわけではなく、足がなかった。
幼子の澄んだ瞳で、死者を悼む老人の表情で、言った。
<もうまもらない>
気づけば理沙さんは来た道を戻っていた。立ち入り禁止の帯が片方、ぶらりとずり落ちた。
見上げるといつの間にかカラスがびっしりと木々の枝に並んでいたという。
「家に帰ってからも不気味で……。けど私一人暮らしだしアパートだし、近所の人に知り合いなんかいないし……。誰が立ち入り禁止の帯をはったのか、今までもこういうことあったのか、全然わからないんです。もちろん私が見たものは幻覚かもしれませんけど、帯は今もまだあるんですよ。近所の人は一体どう思っているんでしょうか」
なんだか嫌な予感がするので、引っ越し先を探し始めていると理沙さんは最後に言った。