ハッピー、メリー

私は策士なの、麻妃さんは言う。

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 とある職場での話。
 そこではパートやアルバイトの女性が多く、入れ替わりも多かった。
 三十代の女性である手越さんはパートとして働き始めてからツバキさんという大学生の女の子と知り合った。
 可愛らしい、今時の女の子だった。
「すっごくいい子で。明るくて、人懐っこくて、よく笑って」
 入社したタイミングがほぼ一緒だったこともあり、自然と手越さんはツバキと話すようになった。
 主に話すことは職場のこと。
 誰が優しいだの、誰に注意しなくていけないか、数少ない男性がイケてるかイケてないか等々。
 合間にツバキさんは彼氏のことを話した。
 以前のバイト先で知り合った年上の男性。
 聞けば年齢は手越さんと同い年だった。
「すごくノロけるの。写真も見せてもらったけれど、確かにかっこよくて。ただ私はちょっと古くさい感覚だから、10歳も年下と付き合う男性って正直微妙……って印象だったけど」
 ただ同棲も間近に控えているといい、できれば幸せになって欲しいと思ったという。

 働き始めて二ヶ月、同棲を始めたツバキさんから相談があった。
 彼女曰く同棲を始めてから「何かがおかしい」という。

 深夜、トイレの水が勝手に流れる。
 寝静まっていると、部屋を誰かが歩きまわる気配がする。
 カギや手鏡が度々見つからなくなる。そしてベッドの下やソファーの隙間――まるで意図的に隠したような場所で見つかる。
 彼の悪戯の可能性も考えたが、困った顔を面白がるタイプではない。
 アパートの寝室には大きな窓があるが、内側から引っ掻いたような傷がいつの間にかできていた。
 極めつきは、寝ていると脚が引っ張られる。
 目が覚めても身体は動かない。
 恐怖に固まっていると朝になる。ベッドからまるまる下半身がはみ出した状態で朝を迎える。

 どう思いますか?
 ツバキさんの質問に手越さんは困惑した。
 今までされたことのない相談だった。
 しかし年上の矜持として「わからない」は言えない。
 誰かの悪戯の線は? と確認したが、ソレはないという。
 カギはセキュリティーの高いもので複製は簡単にできないとツバキさんは言う。
 そこで半分バカバカしいとおもいながら、事故物件検索サイトで調べてみた。特に事件事故はなかった。
 不可解な現象に頭を捻りながら、「彼には相談したの?」と手越さんはなんとか絞り出したという。 
 困ったことは何でも共有しなさい、解決策が出てくるかもしれないから、と。
「言いづらい」というツバキさんを「大事なことだから、とても大事なことよ(?)」と半ば強引に説得した。

 話が済んだと思った一週間後。
 シフトが一緒になったタイミングで開口一番ツバキさんは言った。
「彼に話しました」
「どうだった?」
 尋ねるやいなや、彼女の顔が曇った。
「原因はわかりました。ただ……原因がわかっただけで、解決には……」
「なにが原因だったの?」
 そう尋ねる手越さんにトツトツと彼女は話し始めた。

 ツバキさんは彼に告白する前にはだいぶ悩んだという。
 頭がおかしい女と思われないか。
 キモいこと言うな、と怒鳴られるんじゃないか。
 下手すると殴られるんじゃないか。いつかの夜のように。
 けれど一緒に住んでいる以上、手越さんの言うとおり伝えるべきと思った。
 しかし勢い込んで彼に言ったものの、リアクションはあっさりしたものだった。
「あ、やっぱり」
 その反応はまるで傘を持たなかった雨降りのときのよう。
 ――うすうす気づいていたけれど、やっぱりそうだったか。
 不思議そうな顔のツバキさんに彼は説明した。
 曰く、以前から同様の現象はあったと。
 女と暮らすと、なにか不気味な現象が起きる。
 住居を変えてもダメ。
 仕事を変えてもダメ。
 女を変えてもダメ。
 原因の心当たりはあった。
 ある女性と別れてからだという。
 三十歳手前に別れた女性。円満に別れたと思ったのは彼だけで、その後しばらく無言電話や会社への怪文書などが続いたそうだ。
 それも警察に相談してからは収まった。警告をしてくれたらしい。
 だが――なぜかその後、不気味な現象が起きる。決まって新しい彼女が出来ると。それが直接の原因ではないが、引き金の一つとなって何人かの交際相手とはうまくいかなかったと彼は言う。
「キミとならうまくいくと思ったんだけど」
 彼は困ったようにそう呟いた。
 なぜ、とツバキさんが聞くと彼はこう答えた(という)。
「だって君が今まで一番愛した人だから」

 つまるところ、原因は『生霊』という話だった。
 彼が捨てた女が、いまだに彼を呪っている。
 それが原因でいまだに新しい女が出来ると、生霊となった女が部屋にやってくる。
 まるっきりストーカーそのままの、すさまじい執念。
 事象を裏付けるように、彼が短期で福島に行くと、その間のアパートで不気味な現象は一切起きなかったという。
 手越さんは最後まで話を聞き終わってから、年上の矜持として別れ話をツバキさんに勧めたそうだ。 
 このままだと貴女は幸せになれないからと。
 だが結末を知らないまま手越さんはその職場を辞めた。より良い時給の職場を見つけたことが理由だった。

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 最後まで話を聞いてから私は嘆息した。
 この話は冒頭に出した麻妃さんから聞いた。
 人から聞いた話の、さらに人から聞いた話だ。ここまでくると真偽についてどうこう言及できるわけがない。
 それはまだいい。
 私は麻妃さんに聞いた。
 なぜそんなことをするんでしょうか?
 昔に別れた彼に執念を抱き(それはもう愛とは言えないでしょう)、なにより『彼の交際相手がいる職場に友人を送りこむ』ことに対しての疑問だ。
 麻妃さんは友人の手越さんを給与がいい、待遇がいいと、適当に甘言に惑わさせて、ツバキさんと同じ職場に送り込んだ。
 
 ――だっておかしいじゃない。どうして彼が幸せになるの? わけがわからない。意味がわからない。
 幸せになるべきなのは私じゃない? なのにどうして彼は、彼は、新しい女を見つけて幸せにやるわけ。
 彼が土下座をして、許しをこわないかぎり、死ぬまで私の言うことを聞くよって言わない限り、私は同じことする。
 あんなに私に愛を囁いたのに。
 あんなに愛し合ったのに。
 私まだ覚えているもの。
 クリスマスに、私に。
 愛しているのは君だけだって。
 こうして君といられることが何よりも幸せだって。
 これ以上の幸せはないだろうって。
 だからあの時が彼の最良にしないと、私が、いなくなる

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。

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