祥子さんが不眠で心療内科に通っていた時のこと。
診療を終えた祥子さんは混み合う待合室で会計を待っていた。
すると隣に同じように診療が終わったのか、三十代ほどの男性とその母親らしき人が腰かけた。
母親らしき人が祥子さんに小さく会釈する。
会釈を返しつつ男性を見て祥子さんは、
(あ、鬱病だ)
と確信した。
生気のない瞳。ボサボサの髪と清潔感のない服装。
俯いて座る男性の視線は床に固定されていた。
一方、男性に反比例して母親は清潔感のある服装で髪もきっちりまとめ、小奇麗だった。
(六十代くらいのお母さんかな)
母親はしきりに小さい声で男性に話しかけていた。
その目は慈愛に満ちていて、仲の良い親子に見えたという。
(いいお母さんだなぁ……)
会計が中々呼ばれず、手持ちぶさたになった祥子さんは親子の会話を聞き続けた。
不自然にならない程度に親子側に体を寄せて、耳を澄ます。
「ほら……ねぇ?」
「……だから、ほら?」
穏やかな女性の声が聞こえた。
「死んじゃいなさいよ、アンタ、ね?」
祥子さんは耳を疑った。
「その辺の車にでも飛び込んでさ、ねえ」
「簡単でしょ、ほら」
「できないなら、手伝ってあげるから、ね?」
祥子さんの脇からどっと嫌な汗が吹き出した。
横目で親子を覗くと、先ほどと変わらず優しい微笑みを浮かべて母親が話しかけている。
視線に気付いた母親は、にっこりと彼女に向けて微笑んだという。
これ以上は無理、と祥子さんは席を離れたそうだ。
「一つだけ分からないの。わざわざ息子を医者に見せてるのに……なんで病院でそんなこと言うのかって」
そうと祥子さんは話を締めくくった。