童貞

 竹田さんが安アパートに住んでいたときの話。
 土曜日の夕暮れになると、決まって隣の部屋からセックス音が聞こえる。
 当初感じた興奮も時間とともに、憂鬱に変わっていった。
 ――うるさい。
 勉強にしても読書にしても集中できない。
 不動産屋に電話することも考えたが、アパートを探したときの担当者は女性だった。竹田さん好みの女性だった。
「セックスしてる音がウルサいです」
 と連絡することがとても恥ずかしいことのように思えた。
 高校を卒業したばかりの竹田さんは出来なかったという。
 だけれど腹は立つ。
 ――怒鳴ってやろうか。
 そう考えていると、妙な音が聞こえた。
 喘ぎ声に混じる笛のような高い音。
 声のようにも思えるが音に意味はないようだった。
<ヒィィィィ……>
 小学生がリコーダーの練習をするような、耳障りな音だったという。
<ヒィーヒィー……ヒィ ィ ィ ……>
 ――なんだこれ……?
 ――カップルにもう一人、くわわっている……?
 竹田さんはその状況がうまくイメージできなかったという。男はどんな振る舞いをして、どんな顔をするのだ。どんな台詞を吐くのだ。頭が捩れる。
 その後も不審に思ったものの、その晩は白けて抗議もせず彼は寝た。
 
 だが。高い音は連日続いた。
 隣室がセックスしようとしなくとも。
 隣室の住人が旅行で不在だろうと。
 女性の悲鳴のように聞こえて仕方がなかったが、竹田さんは決して認めなかった。
 ――これは幻聴。
 高い音を脳が悲鳴のように解釈するだけで、実際は風が鳴る高い音。
 ついに自分の神経がやられたのかもしれないと考えた竹田さんが通院しようかと迷った晩、床に入ったら金縛りになった。
 身動きができない。
 指先も動かない。
 高い音はどんどんボリュームを高めていく。
 耳元で囁かれた。
<おんなしらず>
 射抜かれたような面持ちだった。
 背筋に冷たい汗が流れる。
<きくな>
 再度囁かれた。
 パニックに陥った頭で竹田さんは必死に眠ることを選択したという。
 霊だろうと、得たいの知れないものだろうと、女性に『そのこと』を指摘されることは耐えられなかったそうだ。

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。

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