霊が視えるタイプの晋さんは、新宿区荒木町で働いている。
職場の近くには有名なキャラクターショップがあった。
「……いるんです、そこに。
駅とは逆方向なんで、普段はそっちに行かないんですけど用事があって。
なんていうんだろ、半径100メートルくらいから異変はあったんです。
神経が訴えるんです。低気圧のときに頭痛なったりしません? あれに似てて、近づくにつれて神経がゾワゾワ沸き立つんです。
イメージできないですか? そうだな……銀紙噛んだときってゾワっとしませんか? あれに似てます。
なるべく気にしないように、意識を外にしていたんですが。
あぁやっぱり、って思いました。
遠回りすれば良かったと思いました。
女の霊が佇んでいるんです。
髪が長くて顔を覆い尽くしている、一見して恨みが深いタイプだなってわかりました。
匂いでわかるんです。
焦げ臭いっていうか、明らかに異臭なんです。
深川のあたり歩いていても匂ったりするんですけど、もっとハードというか鮮烈なんです。
もうひたすらに俯いて歩いて……。
ええ、会社の人間には言ってません。視えること。言っても変人扱いされるだけですし、下手すると病気って思われてやりづらくなりますから。
普段仕事していても、外に出るときはだいたい一人なので、その店に近づかないようにすれば特に困りはしなかったです。
だから特に気にしていなかったんですが、知ったのはたまたま(会社の)近場で会社の人間と呑んだときです。
飲み屋のおばちゃんとの話の流れで。知りたくなかったのに教えられたんです。
件のショップ付近のマンションで、自殺があったって。
不倫の末の自殺とのことです。
あぁ……。
納得したんです。
ありきたりといえばありきたりですが、本人には言語を絶する地獄の苦しみだったと思います。
翌日以降もそのショップを避けていましたが、どうも事情を知ってしまったのがマズかったようでして。
以前より影響力を強く感じるようになったんです。
日によって程度は違うのですが、悪い日なんてショップの方向を向いただけで気分が悪くなりました。
会社の人は不思議がっていました……。
不便なものですよ、会社にいて一つの方角を常に気にしていないといけないって。
出来る限り避けてはいても、社の用事でそっち側に向かわなくてはいけません。
上司に同行して外出するとき、そっちの道は嫌ですなんて言えるわけがありません。理由も説明できませんし。
そんなときはひたすら俯いて祓い言葉を唱えるようにします。
ただもう向こうは気づいているんですね、僕に。
あぁこいつは視えてるなって。
けれど僕が視ないようにしているもんだから、振り向かせようとアクション起こしてくるんです。
声です。
今でも月に一度か二度は通りがからなくてはいけないんですが、その度に叫び声を投げつけてくるんです。
『――あぁぁァッ――ひ、ひぃぃぃぃx――』
針のように細く鋭い女の叫び声が耳元のすぐ近くでするんです。
たまに元気なときにちらりと視ると、まるで無くした半身を見るかのような無感動な目で、僕のことを視ているんです。
不倫するようなタイプでしたから、きっと執着心が物凄いのでしょう。
なんでここなんだろうって考えたことがあります。
はたと思い当たりました。
あのアニメの中には、叶わない恋をするキャラクターがいます。
思うんです。彼女のキャラクター(名前の由来は胸がドキドキするというところから来ている)は片思いをさせるべきじゃなかったんです。
片思いで終らせるべきじゃなかった。
だから引き寄せるんです。
たかが絵なのにって?
いやいや昔から曰くつきの絵画や、呪いの掛け軸なんてものは枚挙にいとまがありません。
きっと仲間意識を感じて寄ってくるんです」
職場は変えたいが、次の転職先はなかなか見つからないと晋さんは長いため息をつく。