古着屋で一週間アルバイト

 畠山くんは十年ほど前、古着屋で一週間アルバイトをした経験がある。
「店長がロスから直で買い付けてくるんで、セレクションがけっこういい感じだったんすよ」
 アパートの一室を改造した小ぶりな店だった。 
 客として頻繁に通ううちに顔も覚えられ、次第に店長と仲良くなっていったという。
 ファッションセンスの塊のような五歳年上の店長は、畠山くんからすれば憧れの存在だったそうだ。
 知り合ってから三ヵ月後、夏休みを前に店長から一つ提案を受けた。
「海外に買い付けに行っている間、バイトで店番をしてくれないか」
 期間は一週間だった。
 当時暇で金もない大学生だった畠山くんは喜んで引き受けたという。
「俺若いときはファッションに興味あったんすよ。だからうわぁ、いい勉強なるなぁって思って。毎日かっけぇ服みてたら目ぇ肥えるじゃないすか。金は二の次でしたね、あん時は」
 客が大量に押しかけてくる店ではなかったので、仕事内容自体は簡単なものと思われた。
「ただ『この服は何年代の?』とか質問されても詳しいことわかんないんで、訪れた客にはとりあえず試着すすめてました。そんでいい感じだったらもうとにかく『ヤバイっすね!』って褒めまくって」
 店内の隅にはカーテンでしきった簡易的な試着室があった。
 大きな姿見も海外で買い付けてきたものらしく、ゴールド色のフレームに幾何学模様が彫りこまれていた。
「常連客が多かったんすけど、初見の客もけっこう来てましたね。とにかく試着すすめて」
 だが服を眺めている時までは反応の良かった客も、試着室に入るとすぐにそそくさと退店していったそうだ。
「何か営業トークが不味かったなぁって首をひねったんすよ。来る客来る客、みんなささっと帰っちまうし。けど常連客にはフツーに売れるんすよ。俺なんか失礼な態度とってます? って聞いても『いやフツーだよ』って言われるし」
 一週間の平均的な売り上げを確認していなかった畠山くんは徐々に不安になっていった。
 これでは店長に『使えない奴』扱いされるのではないか。
 できればこれからもこの店でたまにバイトがしたかった。
 四日目、ついに我慢できなくなって客に尋ねた。
「すんません、俺、何か無礼なことしました?」
 男の客はじろりと畠山くんを眺めた。
「いやぁ、何もないよ。態度は別に気にならないよ」
 と意味深な言葉を残して出ていった。
 次に訪れた女性客は、店内のスカートをとても気に入った様子だった。
 試着をすすめるまでもなく、彼女は試着室に入っていった。
「これはもう買ったな。そう思ったんすけど……」
 女性客は顔を両手でおおった状態で出てきた。
 そしてスカートを無言で陳列棚に戻した。
 お店を出て行く間際、畠山くんは声をかけずにいられなかった。
「あの、どうしたんすか? すげー気に入ってるっぽかったのに……」
「なんでもありません」
「いや絶対なんかある顔じゃないすか。臭いとかありました? 虫とかいました?」
 女性は一瞬畠山くんを見上げた。
「外に出てもいいですか? 外の空気に触れたいんです」
 はぁ。と畠山くんは頷き、店外に出た。
 太陽の光が眩しかった。
「鏡です。姿見。女の人が映ってます。カーテンの合間から顔を突き出して、映ってます」
「え?」
 女性は続けた。
「とても苦しそうな顔で見つめてきます。あたしの親戚が癌で死んだときと同じ顔してます」
 そして彼女は深呼吸をしてから歩いていったという。

「そっから残り三日間はきつかったですね。狭い空間なのに、一切試着室見れないんですもん……。客がきてもまともに対応できなくなっちゃって……」
 売り上げはかなり悪かったそうだ。
 帰国した店長は売り上げを確認した後に、当初決めていたバイト代を減らして畠山くんに渡したという。
「それでも良かったです。俺、さっさと縁切りたかったんで」
 以来二度と行かなかったそうだ。
 その古着屋は冬を待たずして潰れたという。

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別府

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