私の友人でナベやんという男がいる。
彼は自分では認めないが、はたから見ていると、どうにも心霊の類に好かれる性質のようだ。
怖い実体験の話題は事欠かない。
怪談・怖い話を蒐集していると金縛りの話は度々耳にする。
ある女性からは金縛りの解決策としては「身体の一部に意識を集中するのがいい」と教わった。
例えば足の親指に意識をする。すると身体は解凍されたように動き出す。
しかしナベやんの金縛り(本人曰く、特注金縛り)そんなことではビクともしない。
覚醒するも、身体は動かない。
ナベやんは気づかざるをえない。
腹部の上に座る女に。
垂れる髪が頬に触れ、むず痒い。
髪の隙間から見える表情は真っ黒である。
女は両手をゆっくりと首に回してくる。
その状況からナベやんが抜け出すには絶叫しかない。
悠長に爪先に力をこめることなぞできないという。
私は二度聞いた。なにを。絶叫を。彼のアパートと卒業旅行のニセコで。
普段のけだるそうな愛媛弁とは違う、鶏の放つ断末魔の悲鳴のような高い声に身震いしたことを覚えている。
おまけにそれを聞かされてるときは私も寝ているときだ。
――叫び声で目が覚める、それがいかに心臓に悪いか私は彼から教わった。
物好きな女性がいたら連絡してほしい。男性は駄目だそうだ。同衾が条件だそうだ。
ナベやんはよりよって安普請のアパートに住む。
「文句? せやねぇ……正面きって文句言われたことはないやね」
それはそうだ。私だって隣人が夜な夜な叫んでいればどうすればいいか分からない。
結局隣人たちはどうすればいいか分からないまま、早々に引っ越していくという。
彼の母上殿にも全く同じ現象が起こるそうだ。
正直いって、呪いという言葉が私の脳裏をよぎった。
「ねえ、御祓いってうけないの?」
「高いやろ」
一蹴された。
ちなみに彼のお兄さんは御祓いを一度受けている。
その時は、もうどうしようもないほどの事態に陥ったけん、とナベやんは説明してくれた。