私の友人でナベやんという男がいる。
付き合いはもう十年以上にもなるが、彼ほど恐怖譚に恵まれている人間を私は知らない。
無論嘘はついていない。
私が怖い話を集めるよりも遥か以前の学生時代より、彼は死にそうな体験談を話してくれていた。
学生時代におふざけで集計した「近いうちに死にそうな人」ランキングにては、他に追随を許さないナンバーワンだった。
そんなナベやんが帰省したときの話。
「地元でな、猿を見にいこうって話になってん。他にすることが無いんやもん。いや檻に入ってる猿ちゃうよ。とある山にな、猿がぶわーっといるけん、そこ行って車の中から見ようやーって話になって」
なんとも田舎らしい朴訥な話かと思った。
深夜、ナベやんの運転で片道一時間を走っていた頃合だった。
「いきなし野ウサギが飛び込んできて……そんなん避けれんやろ? しゃーないって思ったら」
案の定轢いた。
「まず前輪がゴトン……て乗り上げて、ついで後輪もゴトン……て振動あって」
車から降りて確認するとすでに息絶え、瞳をあけたままのウサギが横たわっていた。
毛皮から弾け出た生肉に黒いタイヤ跡があった。
「うわぁ……って思ったんやけど、ほら、猫って轢いても拝むなって言うやろ。知らん? ついてくるから拝んじゃいけんのよ。ほんま知らん? んで、ウサギはどうなんやろなぁって思ったんやけど、まぁええかって話になって」
死骸はそのままに、再び車を走りださせたという。
しばらく山中を走った。
ライトに照らされた道の遠くの方に、小動物ではない大きさの物体が見えた。
人間? と車内は騒然とした。
ブレーキを踏んでも間に合わない距離に近づいていた。
ナベやんは迷った挙句、再び轢くことに決めたという。
私が「なんで?」と訊くと、こう答えた。
「両手でボクシングポーズとってみ。そんで拳を下に向けて、そう招き猫みたいにしたポーズやな。そんで姿は真っ白や。そいつが、車に向かって一直線に走ってきたんや。ピョン、ピョン、ピョンって軽くジャンプしとって」
そんな奴は人間やないやろ?
ナベやんはハンドルを握るポーズをした。右足に力を入れる。
衝撃はなかった。
車に直撃する寸前、ヘッドライトに照らされたソレが視認できた。
「真っ暗な闇んなかに、ぽっかり浮かんで、恨みがましくこっちを見おろす血走った真っ赤な目」
反射的にブレーキを踏んだ。
しかし車を降りて確認したが、ナベやんが予想した通り何もいなかったという。
「やっぱあかんね、って話になって、ウサギ轢いた場所に戻って埋めて拝んだよ。ごめんごめんごめんなさいって……」
もしかしたら憑いてきとったかもしれんけど、車、ダチのやつやったけんその後はわからん。
愛媛県某所での話である。