田舎の因習


「けっこう古い話だけど、婆ちゃんの地元の話」
 K県の山奥にあった村。伏せて欲しいと要望があったので村の名前は裾野村としておく。

 ――婆ちゃんが子供の頃に経験した話なんだけどね。
 田舎の風習、いや風習っていうより因習だよね、ハッキリ言って。
 エグめの因習があったんだよ。
 いや夜這いや土葬とかそんな話じゃない。夜這いだったら僕は黙ってその村に向かうよ。
 
 まずは神様の説明をしておいた方がいいかな。
 突然だけど裾野村には<オンシャ様>っていう村独自の神様がいたんだ。
 漢字で記すときは恩赦様とか恩者様ってなるらしいけど。
 民間信仰? うんそうだね。村の宗教だよ。山奥の集落にたびたび見受けられる、独自のやつ。日本の携帯電話もそうだけど、どうも日本人ってやつは閉ざされたサークルで独自の進化をすることを好むみたいだよね。
 ま、日本はアニミズムの国だったから、今さら神様の一人や二人が増えたってそんな珍しい話じゃないよ。僕なんて長嶋茂雄を神様の一人だと思ってるし。ニコニコ動画なんて神様だらけだし。
 ともかく裾野村では、オンシャ様が絶対的な存在だった。
 オンシャ様は村の北側にある山の中腹に祀られているんだけど、そこは基本的に入っちゃ駄目な場所なんだ。集落の人も滅多に近づかない。
 まぁ近づかない最大の理由はそこに底なし沼があって危険だからってことだけど。
 神主さんとか村の長とか決まった人たちだけが、一年に数回のみ立ち入れる場所だったんだ。

 婆ちゃんの話によると――。
 婆ちゃんの父ちゃん、つまり僕からすると曾爺ちゃん。曾爺ちゃんは先進的な人だったみたいで、娘の婆ちゃんには何事もしっかり説明するタイプだったんだ。
 で、曾爺ちゃん曰く、山に祀られている神様って元々は<オンジャ様>って名前だったらしい。「ジ」という音が「シ」に転じて、いつの間にか恩赦様になっていたっていうんだ。秋田県が昔は『飽田(アギタ)』って表記されていたみたいに、時代と共に変化したんだね。
 ある日、苦い顔をして曾爺ちゃんは婆ちゃんに言った。
 ――どうもナァ、<オンシャ様>の元の意味は<怨蛇様>としか思えん。
 集落に残る昔話には、どうにも首を捻る話があったんだって。
 食べ物をたくさん持っていた旅の商人が突然亡くなって、宿を提供した餓死寸前の村人が助かったっていう話。
 行脚していたお坊さんが村に宿泊したのに、朝になったら姿がなくかった。村はその秋、いたく豊作になったって話。
 他人には親切に、っていう教訓譚にも思えるけど、ねぇそんな都合のいいことってあるかな?

 あるいは儀礼の際に用いられる籠一杯の鼠。どうして鹿肉や猪肉じゃないんだろう?
 極め付きは神社が祀られる山の麓に存在する、蛇のあなぐらを思わせる深い穴。
 曾爺ちゃんには半ば確信していたみたい。
 ――呼び名を変えていても、アレは蛇と変わらん。神サンだとしても、人を求めるなんてナァ、碌な神サンじゃない。
 ――アレのどこが祭りなもんか。
 ハハ祭りと呼ばれる村の行事のことを言っているのだと婆ちゃんは理解した。人を求めるという言葉の意味もピンときた。
 婆ちゃんは村の子供の一人から聞いていたんだ。
 儀式があると誰かが連れていかれるって。
 その時までは婆ちゃんは本気にしていなかったんだけど、曾爺ちゃんの怒りと諦めがないまぜになっている表情に、真実味を感じたんだ。
 だけど儀式はめったに起こらないってことも聞いていたから、自分たちには関係ないとも考えた。遠い世界のことだと思っていたって。

 ん?
 そう、生贄。生贄の話。
 まずがなんでそんな怨蛇様なんておっかない漢字の神様を拝んだって? 
 なんでだろう?
 僕らにはよくわからないね、正直なところ。
 婆ちゃんが言うには、鎮めてから祀ってたんだじゃないかって。
 手がつけられない怨霊を鎮めて、手厚く祀りあげて、神様にチェンジさせちゃうんだって。あなたは力のある善き神様ですよーっておだてて味方にさせるんだ。おだててジャイアンを味方にさせるみたいなもんだね。
 といっても信仰をおろそかにすると、怒っちゃうらしいんだけど。機嫌をうかがっていないと怒りだすって、それどんなブラック上司だよって僕なんかは辟易するけど、ともかく災害とか起きると村の人はオンシャ様が怒ってるって考えた。

 そして太平洋戦争に入る前、裾野村はとんでもない飢饉にみまわれた。
 普段でさえ当時の食糧事情は大したことないんだ、そりゃあ深刻なもんになった。
 おまけに大雨による土砂崩れで何人も村人が死んだ。一人は村長の次男坊だった。
 当然だけど、そうだよ、村の人はオンシャ様の怒りだと思った。
 こうなるともう、ハハ祭をしようという流れが起きるのは当然だよね。これ以上事態が悪化したら村の存続だって危うくなるもの。
 婆ちゃん除いた子供たちは事情をわかっていないから、祭りっていう単語に胸を躍らせた。何か楽しいことがあるに違いないって考えたんだ。
 ただどうも変だと子供でも気づく。ハハ祭りの日が近づくにつれ、子供たちとは反比例して村の大人たちには陰気になっていったからだ。
 そう生贄があるからだね。神への捧げモノという大義名分があったとしても、気は重い。僕らの社会だったら到底不可能だ。だけど太平洋戦争が起こる前の話だから。今の倫理観を当て込むほうが間違っているよ。
 曾爺ちゃんの話を聞いていた婆ちゃんは、一体誰が『求められて』いるんだろうと気が気じゃなかった。
 自分でも厭だし友達でも厭だ。
 ただ心配は杞憂だった。
 村の誰が生贄にされるかすぐわかった。
 障碍を持っている子供と、その家族の様子が日ごとに憔悴していったからだった。
 そう、生贄の選別方法はシンプルだったんだ。――子供の障碍者。
 村は『オンシャ様に選ばれた』と表現していたし、必ずしも不名誉なことではないそうだけど。

 婆ちゃん言うんだ。
『うすら木瓜だけどもなぁ、とんでもなく忌まわしい何かが自分に迫ってるって察知するんれ。空気っていうんかなぁ、みぃんなと別れるってわかるんだろうねぇ。(儀式の)前日ともなると、うえぇぇん、うえぇぇんって泣き声が夜聞こえてきてねぇ。あぁこれは生贄にされるんは、アイツに違いねぇって。なんとも痛ましくて痛ましくて、泣きそうになるくらい怖かったわ』って。
 思わず婆ちゃんに聞いちゃったよ。
「そんなに村に食べるものないんだったら、どうしてみんな引越ししないの?」って。
 ま、この話を聞いたときは随分子供だったからね、無邪気な質問だよ。
 婆ちゃんは首を振ったんだ。
 今と違って行けるところなんて存在しやしない。 
 ましてや自分から村を捨てるなんて誰も考えない。 
 開拓してきた田を、土地で生き抜こうとしてきた努力を、先祖が流してきた汗と血を見殺しにできるわけがないのだから。
 説明を聞いても当時の僕は全然ピンとこなかった。だって当時小学生だからね。今だって心の底から理解できるわけじゃないけど。

 そして祭りの当日は実際のところ、ある段階までは楽しかったらしい。村の広場で舞が舞われ、太鼓が鳴らされた。村のどこに隠されていたのか、めったに食べられない白米が振舞われて菓子さえ配られた。
 神社で行われる儀式には当然子供たちは立ち入り禁止だったけど、婆ちゃん、近所のワルガキに誘われて見にいっちゃったんだって。
 婆ちゃんの気持ちはわかるよ。
 残酷なことが起こるって判っているけれど、ちゃんとイメージができない。実感ができない。生贄って何だろうって。子供の好奇心と天秤をかけたら好奇心が勝つさ。感覚としては親の目が離れたタイミングにサーカス見にいくような感じだろうね。例え普段から立ち入りを禁止している場所でも関係なかった。僕だって同じ状況だったらたぶん見に行ってしまう。
 神社前には四、五人の大人がいた。
 神社の北側には話で聞いていた底なし沼と思われる、昏い箇所がある。地面の色がそこだけ違った。沼から少し離れたところに、生贄である障碍者の子供と、その脇にお面をつけた二人がいた。なぜか子供には両腕がなかった。
 ――あ、もう死んじゃってる。
 生きているとは到底思えなかったって婆ちゃんは言う。
 婆ちゃんともう一人は楡の木に隠れ、息を飲みながら眺めていた。障碍児の胸から背中にはぐるぐると白い包帯が雑に巻かれていた。遅まきながら婆ちゃんたちはとんでもないものを見物しているとようやく理解した。
 生贄を両隣の大人がひきずり、ずる……ずる……と沼に近づいていく。
 穴までもうすぐというところで、子供が倒れた。振り払うように身を捩り、地面に落ちる。腹這いの状態で顔だけを上げウネウネと地面を這った。にゅうっと首を伸ばして大人たちを見つめた。まるで……蛇みたいだったって。
 障碍児の表情は、遠目からでもわかる笑みだった。
 唇の両端は人間とは思えぬ広さにつり上がった。口が裂けたのだと婆ちゃんは思った。真っ赤な口内から、けけけ、と嗤い声が発された。
 周りの大人たちが騒然とする気配が伝わってくる。
 婆ちゃんはただただ震えるばかりだった。生贄の男の子が可哀想という憐憫と、死んでいるハズなのにという混乱と、何より早く目の前の禍々しい何かに消えて欲しいという恐怖がごちゃ混ぜになっていた。
 だが結局のところ、大人たちに迷いが走ったのは一瞬だった。顔を見合わせた後に、中央の大人が顎で穴をさした。
 婆ちゃんは口を覆った。
 お面をかぶった大人が男児の背中を掴み、沼に放り込んだんだ。さらに早く沈めようと長い棒で上から押さえつけた。
 男児はにゅうううっと首を伸ばしながら、沈みきるまで大人たちから視線を外さなかった。

 その後どうやって家に帰ったか婆ちゃんは憶えていない。それどころか以降一年分の記憶が綺麗さっぱり消えている。気づけば村からの引越し前日だった。曾爺ちゃんが病気で死んだことにより、母方の親戚を頼って街に出ることになっていたって。
 うんそうだ。僕が上京する前に住んでた地元。婆ちゃんはその町で知り合った爺ちゃんと結婚して僕の父親を生んだ。
 とっくに婆ちゃんは亡くなってるけど、たぶん婆ちゃんはこの話を身内以外にしたことはないはずだよ。
 
 ――今の話、当時婆ちゃんから聞かされた僕は一種の怪談だと思っていたんだよ。ほら夜遅くまで起きてるとお化けが出るとか、ウソをつくと罰が当たるとか、その手の類の「ビビラせ話」だと思ってた。
 けど今なら事実だっておかしくないって判るよ。
 太平洋戦争が地獄だったっていう証言は多いけど、本当はそれ以前にも地獄は全国のあちこちにあったんだ。
 日本人は礼儀正しくて残虐なことはしない?
 どうだろう?
 ともかく、僕が聞いたことのある怖い話は以上だ。
 ――ただね、今でもほんとわからないんだ……この話、一番怖い存在って何にあたるんだろう?

 東日本のとある県の話である。
 その集落も近代になると近隣と合併となり名はなくなった。
 さらに昭和中期に交通網が発達すると、住民は櫛の歯が抜けるように集落から出て行ったという。一家族だけ最後まで残ったが、それも昭和の終わりには姿を消した。
 現在では廃村になっているという。

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別府

管理人です。世間一般で言う、いわゆる恥知らずです。

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