赤川が中央線のとある駅で友人を待っている日曜日だった。
三十路だというのに、友人と合流した後は、馬券を共に買いに行く。
嫁どころか彼女すらいない。
借金はないが、蓄えもない。
仕事もうまくいかず、暗澹たる気分だった休日だったそうだ。
友人はなかなかこない。
俺は一体何をしているんだろうと赤川は考える。
人の多い改札出口から、駅構内の外れに場所を移して待っていた。
階段の踊り場には一家族がいた。
まだ同年代ぐらいであろう逞しいお父さんが五、六歳くらいの娘二人と遊んでいた。
遊びの内容は『高い高い』の変形型で、子の腕を掴んでハンマー投げのように振り回していたという。
お母さんは「あらまぁ」と楽しげに笑っている。
微笑ましいけど、羨む光景だなぁと赤川は眺めていた。
たぶん俺はあんな幸せな風景の一員にはなれないのだろう、十分も眺めていると、どんどん気分は塞ぎこんでくる。
気づけば振り回している時間が長かった。
砲丸役の女の子は幽鬼のごとく青白くなっていた。
その妹であろう女の子が怯えた表情をしているのを赤川は見てとった。
「え?」
小さい子は嬌声をあげながら喜ぶはずなのに、場は無音だった。
お父さんと思っていた男が叫んだ。
「いいかぁ、ここでなぁ、俺を舐めるとなぁ、生意気な口を利くとなぁ、こうやって痛い目にぃぃぃぃ、合うんだからなぁ」
男の声のトーンに、ネジの外れた怒りが含まれていることを理解し、赤川は目の前の出来事をようやく把握した。
『高い高い』の変形型ではなかった。
『対子供へのジャイアントスイング』の変形型だった。
親子ではなく、そこにいる四人は他人同士のカップルと子供の姉妹だった。
「これからなぁぁぁ、イタイイタイイタイ目に遭うぞぉぉぉ、骨は、砕けてぇ。骨が見えてぇ、脂肪がぶっちぃぃぃぃんんん」
男が叫ぶと同時に、妹らしい女の子も叫んだ。
間一髪だったという。
赤川は脱兎のごとく駆けると、放される前の女の子をキャッチした。腕の中で「ぶふひぃっ」と押しつぶされるカエルのような声がした。
衝撃で女の子を抱えながら赤川は転倒した。
したたかに頭を打ったが、放出するアドレナリンでその時は痛みを感じなかった。
号泣し始める少女を地面に置き、起き上がると既にカップルはいなくなっていた。赤川が若いお父さんとお母さんと思っていた、男女の姿は捨て台詞も残さず逃げていたという。
駅員を呼んでくると、幼い姉妹は「笑っていたら、いきなり妹が掴まれた」と説明した。
警察も呼ぶ大事になったが、防犯カメラが設置されていない場所なので捕まえるのは難しいだろう、とのことだった。
麗らかな日曜日の出来事だったそうだ。